ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

大瀬崎灯台

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現在、仕事の関係で五島の福江島に来ている。こちらは海がとてもきれいだ。青く澄んだ海がどこまでも広がる光景は感動でもある。このきれいな海に囲まれた島に憧れて移住してきた人もいる。私は日曜日に島めぐりをして楽しんでいる。

その島めぐりで感じたことをブログします。

 

五島観光おすすめスポットその1

大瀬崎灯台

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大瀬崎灯台福江島の西端にある大瀬崎の断崖に建てられた灯台で、灯台の規模は大型で「日本の灯台50選」の一つである。

この大瀬崎灯台を一躍有名にしたのは長崎出身の作家吉田修一氏が書いた小説「悪人」の映画の最重要ロケ地になったことである。

殺人を犯した「清水祐一(妻夫木聡)」と彼を愛した「馬込光代(深津絵里)」の二人が逃避行の末にたどり着いた地の果て、クライマックスの場所がこの大瀬崎灯台である。この大瀬崎灯台は映画「悪人」の聖地でありそのフアンの聖地巡礼の場所である。今も多くのフアンがこの場所を訪れる。

 

 

この大瀬崎灯台の地は映画のロケ地で有名であるばかりでなく、日本の歴史上に重要な役割を果たした場所でもある。この大瀬崎の山頂にある無線電信所は、日露戦争で、日本海海戦の端緒となった哨艦信濃丸の「敵艦見ゆ」の第一報を受信した場所であり電波山と地元では呼んでいる。

当時ロシアは日露戦争に勝利するため世界最強と言われたバルチック艦隊をヨーロッパから極東に派遣することを決定した。迎え撃つ日本はバルチック艦隊が軍港ウラジオストックに入る前にこれを撃滅すべくその航路を探索していた。当時の無線電信技術はまだ未熟な点も多々ある中、バルチック艦隊がどのような航路でウラジオストックへ向かうのか、通過航路は対馬海峡経由か津軽海峡経由か若しくは宗谷海峡経由か様々なルートが予想された。三箇所全てに艦船を配置すれば戦力の弱体化につながり個別撃破されかねないと考え戦力を一箇所に集中させる必要があった。そのような状況の中、欧州出発前からバルチック艦隊の動向を監視し情報を収集し、最終的にバルチック艦隊対馬海峡航路を選択するに違いないと予測して、主力艦隊を対馬近辺に配置してバルチック艦隊が北上するのを今か今かと待ち構えていた。

あらゆる方面に哨艦を配置してバルチック艦隊の動向を探りつつある中、予測通り九州西方海域において1905年5月27日午前4時50分、哨艦信濃丸が「敵艦見ゆ」と打電した。

その第一報をこの大瀬崎無線電信所が受信し、この受信日本海海戦の勝利に繋がったことを思うと感慨深いものがあります。

 

 

また、先の太平洋戦争中、多くの将兵が南方戦前に船で送られました。多くの船がこの大瀬崎灯台沖を航行して南方へ赴きました。

大瀬崎灯台展望所に設置してある北村西望氏作「祈りの女神の像」は、大瀬崎断崖を見納めの地として南方戦前に赴き、再び祖国の地を踏むことができなかった多くの将兵の霊を慰めるために建立されたものです。