ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

8・18五島名所歩き

仕事に追われ、毎日を慌ただしく過ごしている。69歳という年齢でも手伝って欲しいと言ってもらえることに感謝しなければいけないと思うし、働けることに、忙しいことに感謝しなければいけないとつくづく思う。そう言いながらも、小人だから一週間に一度の休みが嬉しい。週末から、今度の日曜日は何をしようかとあれこれ考えるのが楽しい。そして迎えた待望の日曜日、今日はまだ行ったことのない「明星院」と「堂崎教会」へ行くことにした。

 

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明星院橋と明星院

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明星院山門

五島市には文化庁が認定した日本遺産が3ヶ所あるが、明星院本堂はその一つである。明星院は大同元年(806)、弘法大師空海が唐からの帰路この寺に立ち寄り、翌朝、明け方の空に輝く明けの明星を瑞兆とし、明星院と名付けたという。以来この明星院は五島における真言宗の総本山であり、藩主五島家代々の祈願寺であった。現在の本堂は、安永7年(1778)に火災で焼失した本堂を再建したもので檜の芯柱20本を使用した五島最古の木造建築物である。

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秘仏 金銅薬師如来(国指定文化財)

この仏像は飛鳥後期の作と考えられ、薬師如来と伝えられる。その童子を思わせる仏顔には優しく慈悲あふれる清美な笑みをたたえている。現在は秘仏となっており、直接目にすることはできないが、遣唐使時代の最期の寄港地であったこの福江島に、同時代の仏像があることは歴史的意義が大きい。全国的に見ても同時代の仏像は極めて少なく、歴史的価値の高い文化財である。

寺務所の方にお聞きしたら、この秘仏薬師如来は50年に一度ご開帳が行われるということであった。「前回より今年は37年目に当たるので、次回はあと13年後です」と言われるので、私が「それまで生きているかな?」と申し上げたら、「頑張って長生きして下さい」と励まされた。

 

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本堂格子天井花鳥絵

本堂の格子天井には121枚の花鳥画が極彩色豊かに描かれている。これらの花鳥の絵は異国の花鳥と思われる絵も多く、狩野永徳の高弟で五島藩絵師である大坪玄能の筆で描かれている。

 

明星院に別れを告げ、今日のもう一つの目的地である堂崎教会へ行く。五島には世界文化遺産である「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」があるが、

堂崎教会はその関連遺産ではない。

堂崎教会は禁教が撤廃された後、五島キリシタン復活の拠点になった教会である。まさに五島における小ヴァチカン的重責を果たしてきた教会である。キリスト信徒にとって堂崎教会は、長く厳しい弾圧を耐え抜いた五島キリシタン受難と勝利のシンボルであり記念碑でもある。

 

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堂崎教会

約300年という長きにわたったキリシタン弾圧時代、過酷な迫害に耐え、公に信仰を表せなかった信徒たちは、表向きは仏教徒を装いながら、内密裏には、キリスト信仰を守り続けてきた。

明治6年(1873)江戸時代以来続いてきたキリスト教禁教が撤廃されると、いち早くフランス人宣教師が来島し堂崎の浜辺で五島初のクリスマスミサが捧げられた。先祖代々、神父の来島を待ちこがれた信徒たちにとって最上の喜びの瞬間であった。

その後、この堂崎の地に五島で最初の教会堂が建設され、堂崎教会を拠点に五島での本格的な布教が始まっていった。

現在の天主堂は明治41年に建てられた五島最古の洋風建築物であり、遠くイタリアからも建築資材の一部が運び込まれたと言われている。赤レンガ、ゴシック様式はヨーロッパの典型的な教会スタイルである。

 

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マルマン神父とペルー神父と子供たち

明治政府により、信仰の自由が認められるや五島にも宣教師が来島した。最初に来島し宣教を開始したマルマン神父と後任のペルー神父である。マルマン神父とペルー神父は宣教師として活動するとともに、不幸な生い立ちを背負った子供たちを救済するため孤児貧児の養育事業にも力を注いだ。

 

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堂崎教会前の海

堂崎教会の前はすぐ海である。明治時代、五島の各地からミサに出席するため堂崎教会に参集した。当時は道路事情も悪く、舟で多くの信者がこの入江からミサに出席したという。

 

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さるすべり(百日紅)

今日の一枚はサルスベリの花である。夏になると目を引く美しさがあり好きな花である。幹はお猿さんもも滑るくらいツルツルしていることから、名前がつけられたと聞いたことがあるが、実際はお猿さんは滑らない。

いつの世も祷りは切や百日紅 中村汀女