ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

「エンジェルフライト」を読む

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「エンジェルフライト」を直訳すると天使の飛行ということになるのだろうか。エンジェルという言葉からは愛の矢を射るキューピッドを連想してしまうが、「エンジェルフライト」とは異郷で亡くなった邦人を国境を超えて日本に搬送する国際霊柩送還士と呼ばれるプロフェッショナルの仕事振りを描いた佐々涼子さんのノンフィクション作品である。

 

グローバル社会と言われる現代は、日本人に限らずあらゆる国の人々が国境を超えて活躍している。そのような状況のなかで事故、自殺、事件、病気など様々な要因で異国の地で命を落とすことがある。国際霊柩送還士は、海外で亡くなった日本人の遺体や遺骨を日本に搬送し、日本で亡くなった外国人の遺体や遺骨を祖国へ送り届けることを仕事としている人である。その遺体や遺骨はどのようにして故国に戻るのかをこの「エンジェルフライト」は国際霊柩送還士の日常に密着して、彼らの仕事と仕事に対する姿勢を追った作品である。

 

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エンジェルフライトは死を扱う仕事であるが、国内の葬儀社と違って葬儀はおこなわない。遺体の搬送に伴う相手国関係機関との連絡や出入国の通関に関わる処理、そして出入国時のエンバーミングを含む遺体、遺骨の処置を行い、遺族に送り届けることが仕事である。仕事を円滑に進めるために、信頼できる同業者と世界的なネットワークを作っている。

 

海外から日本に亡骸が戻るとき、遺骨で戻る場合と遺体で戻る場合がある。

遺骨で戻る場合は日本式に骨壷に入って戻ることは少ない。遺骨に対する習俗の違いや宗教観の違いからか、食品入れのプラスチックのタッパーに入れられて戻ることもある。国際霊柩送還士は受け取ったタッパ入りの遺骨を作業場でもう一度タッパーから出して、日本の火葬場で行うように日本の骨壷に大きな遺骨から丁寧に入れ直す。そして小さな遺骨の中から喉仏を探し出し、大小全ての遺骨を収めた後に最後に喉佛を骨壷に収めて蓋をする。そしてそれを遺族の元に届ける。

 

遺体で戻る場合は時間の経過もありエンバーミングの処置をし直しして、遺族に引き渡さなければならないことが多い。

エンバーミングとは遺体衛生保存処理のことである。航空機で遺体を運ぶ場合は公衆衛生上の観点からエンバーミングしなければ許可されない。

だから、遺体で搬送される場合は、原則としては遺体には現地を離れる時に必要な処置が施してあるが、航空機で遺体を運ぶ場合、高度1万メートルを音速に近い速度で飛行する際の低気圧により、遺体の体液漏れなどの不具合が生じる。さらに長時間の移動は色素の変化を起こすなどして遺体に負担をかける。そのほか、そもそも遺体に対する考え方や宗教、習俗の違いも影響して、中途半端なエンバーミング処置で送り出す事例も少なくないということから痛みが酷い遺体も中にはある。

 

国際霊柩送還士の仕事の中でも重要な仕事はこのエンバーミングによる遺体の修復である。エンジェルフライトの本の中には、国際霊柩送還士によるエンバーミングの処置の様子が描かれている。

「社員が体液を根気よくぬぐいはじめた。遺体の口に脱脂綿を入れて、たまっている体液を吸わせる。すると、脱脂綿はぐっしょり濡れた。それを引きずり出して、新しいものを入れる。気の遠くなる作業だった。その間も、体液は体中からじわじわと漏れ出ている。(中略)2時間が過ぎた頃だろうか。脱脂綿をピンセットで鼻にの中に入れ、取り出す。何度も何度も繰り返した。やがて、作業している社員の指先に感じていた水分の重みが消え、体液漏れはようやく止まった。穏やかな表情を取り戻したような遺体を見て、社員には亡くなった人の苦しみが終わったとそう思える瞬間があった。」

 

遺族は異境の地で家族が死亡したことをわかっていても認めたくない。だから、遺族には、その死を受け入れる儀式が必要なのだ。遺族が柩に納められた故人と対面し、頬をさすって何度も呼びかけて返答がないことを知り、やがてせめて天国へきちんと送り出してあげようと覚悟を決める。それが身内の死を受け入れるということなのである。国際霊柩送還士は、遺族にとってそれがどれほど大切なことなのか、自分たちが何をしなければならないかということを痛いほどわかっている人たちであった。

国際霊柩送還士の仕事は、遺体を単に物として運ぶことではなく、人間の亡骸に思いを吹き込むことによって、人間として家族に返すことであると国際霊柩送還士の仕事を密着取材した著者の佐々涼子さんは語っている。

 

エンジェルフライトの仕事をする国際霊柩送還士の人たちとは、一目だけでも最後に会いたいと、亡き人の帰りを待ち望んでいる遺族に寄り添い、一刻も早く綺麗な遺体を送り届けたいと奔走する、職人魂に裏打ちされた仕事に打ち込む集団であった。

 

尊いお仕事だと思う。