ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

「メダカに学ぶ生物学」を読む

 

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左:友達の飼っているメダカ、右:江上信雄著「メダカに学ぶ生物学」

先日、友達の家に遊びに行った。自宅に伺うのは10年ぶりになるだろうか。外で会うことはあってもなかなか自宅までは行ってなかった。自宅を訪問して、友達から「最近、これに凝っているんだ。」と言って見せられたのがメダカである。大きな水槽から小さなバケツの水槽など10個くらいの水槽が並び、その中には卵や稚魚そして成魚までいろんなメダカが飼われていた。メダカを見ながら、メダカの飼育についていろいろと説明を受けた。

 

 

 

後日、図書館に行って本を見ていたら「メダカに学ぶ生物学」という本を見つけた。先日、友達からメダカについて話を聞いていたので、「メダカに関する本を見つけた。借りて読もうか・・・」くらいの軽い気持ちで借りてきた。今まで生物学に興味を持ったこともないし知識も皆無である。面白いだろうか?という疑問を持ちながら読み始めたところ、一気に生物学の話に引き込まれてしまった。この本を読んでメダカに対する認識が変わった。「単に小さいもの。役に立たないもの。」としか見ていなかったメダカが生物学の発展に大きく貢献してきたことを知って大変驚いた。

 

日本のメダカが科学的に取り上げられたのは、シーボルトが1846年、その著書によってメダカを紹介したのが最初であるらしい。その後、日本の学者が1913年ヒメダカの体色の遺伝を調べ、メンデル式遺伝をすることを報告している。

 

メダカが生物学上、本格的に取り上げられるようになったのは1925年頃である。当時、日本の生物学は海外からの刺激を受けて、従来の分類学や標本の形態学から脱して、生きた生物について研究していくという実験的方法を取り入れた生物学の新しい潮流が起こっていた。その影響の下、実験材料としてメリットがあるメダカが広く使われるようになった。

 

1927年小野嘉明氏「メダカ表皮細胞の組織培養」、1928年上遠章氏「メダカの初期発生の研究」、1931年岡徹氏「メダカ遺伝形質の発生と第二次性徴の研究」、1932年田中義人氏「メダカの色素胞の生理の解析」などなど多くの学者が生物学にメダカを材料として取り上げ多くの成果を生み出した。

 

新しい生物学の潮流の中で、メダカは研究材料として扱われてきたことから、メダカの繁殖についても詳細な研究がなされてきた。繁殖時期、繁殖温度、繁殖と光周期との相関、メダカの産卵時刻、産卵儀式の行動などなど実験動物としての多くの基礎的知見を獲得していった。

 

この本を読んで、新たに知ったことは「放射線が与える生物への影響の研究」にメダカも使われてきたことである。

「大線量被曝の場合は例外なく照射終了時に死亡した。いわば即死であった。解剖学的には臓器に異常は認められず、脳死または中枢神経死であった。」

「中線量被曝の場合は1週間後くらいに下痢症状が現れ、それから2〜3日後に一斉に死亡する。中線量被曝の場合は腸に障害が起こる腸死であった。」

「小線量被曝の場合は照射後2〜3ヵ月後にポツリポツリと死ぬ。原因は造血組織が破壊され貧血、出血、感染を受け死亡にいたる造血器死と呼ばれるものであった。放射線の影響についてはマウスをはじめいろんな生物で実験がなされておりメダカもその対象として扱われてきた。そしてその後もメダカを使った低線量被曝の実験は続けられた。」と書かれている。

放射線の問題は、放射線による身体的影響と遺伝的影響に分けて考えることが必要である。身体的影響はこれまでに脳死や腸障害や造血器障害その他ガンの発生などが見られている。これに対して遺伝的影響は被曝した本人には影響はないのに、卵や精子生殖細胞に変化が起こり、これが子孫に伝えられる影響をいう。。メダカは多数の個体を累代的に飼育でき、一世代の長さも数ヶ月と短いので遺伝的影響の研究に効果的であることから長く使われているようだ。

 

この本を読んで驚いたことは、「クローンメダカ」と「遺伝子導入メダカ」の誕生であった。

クローン技術とは雌雄による有性生殖をしないで無性的に親とそっくりの、親と同じ遺伝素質を持つ子孫を作ることである。これはメダカで成功して、これから実用魚に用いて水産増殖に役立てる研究が進んでいるようだ。

また、「遺伝子導入メダカ」とは他の種の遺伝子を人工的に導入することで、ニワトリの遺伝子をメダカの受精前の卵母細胞の中に注入し、メダカの胚のなかでニワトリの遺伝子を働かせることに成功したということであった。これはバイオ技術の一つで遺伝子操作技術の一部として神の摂理に背く可能性を指摘する声もある。しかし、これは遺伝子の働きとがん発生のメカニズムを解明するなど基礎生物学にとって重要な研究であり、魚について研究がなされていたが、なかなか実現できなかった中でメダカによって初めて成功したものである。メダカを使った生物学は個体の観察とともに、さらに細胞から分子の時代に進んでいるようだ。

 

そして、新たに環境科学という分野におけるメダカの活躍も書かれていた。我々の住んでいるこの地球は誕生以来50億年を経過したと言われているが、適度な温度、適度な空気の組成、適度な太陽の光、適度な紫外線の量、豊かな水とその環境などなどどれ一つが欠けても生命は存在をおびやかされる。このような状況の下で環境学科が誕生した。このような環境科学に対して、 1 指標生物としてのメダカ、  2環境モニタリング用のメダカ、  3環境浄化としてのメダカ、  4閉鎖系小宇宙研究としてのメダカなど様々な研究分野でメダカが使われている。

 

メダカを通して生物学に触れたが、この100年あまりの進歩は驚嘆するばかりである。その生物学の発展にメダカが大きく貢献していることを知って「単に小さい、役に立たない生き物」などと考えてきたのが申し訳なく思う。メダカに愛着を感じる。メダカを飼いたいと思う。