ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

「帰ってきたマルタン・ゲール」を読む

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この本は「16世紀フランスのにせ亭主騒動」という実際に起こった事件の裁判記録を元に書かれたものである。一部裁判記録が紛失している部分は創作されているので、完全にノンフィクションとまではいかないが、それに近い内容である。

 

あらすじを簡単に書くと、1540年代、フランスのラングドック地方で、マルタン・ゲールという一人の裕福な農民が妻子と財産を残して消息を絶った。そして8〜9年経ったころ、突然、マルタン・ゲールは帰ってきた。そして、再び幸せに結婚生活を過ごしていた4年後、妻が、帰ってきた男は詐欺師で騙されていたのですと申し立て、彼を訴え出た。裁判が行われた。帰ってきた人物が本当にマルタン・ゲールであるかどうかが裁判の中で審議されたが、法廷はこの男の弁論から、この男は真にマルタン・ゲールであるとほぼ信じ込んだ。そして、判決直前の土壇場で、本物のマルタン・ゲールが姿を現わす、という内容である。

 

まさに映画にぴったりの話で、「帰ってきたマルタン・ゲール」という映画が作られている。またアメリカ映画「ジャック・サマースビー」もこの事件が下敷きである。その他、この事件について、裁判の本が2冊、小説が3冊、戯曲が一つ、オペレッタが一つ作られるなどして400年以上語りつがれている訴訟事件である。

 

 

人を騙す目的で、他人の名称と人格を装うことは、16世紀のフランスにおいては重い罪と考えられた。もし、有罪と決まれば、被告には体刑が、ことによると死刑すら言い渡される重罪である。

 

この事件では、一人の人間の名誉と生命がかかっていたから、裁判における証拠は「確かで、明白で、日の光以上に明るいもの」でなければならなかった。しかし、写真がなく、肖像画もなく、テープレコーダーもなく、指紋もなく、身分証明書もなければ出生証明書もない時代に、ある人物の身元を全く疑いのない形で立証することは大変難しいことであった。

 

第一審のリュー裁判所においては、150人の証人喚問が行われ、被告である帰ってきた男について証言した。約30〜40人の証人がマルタン・ゲールであると言い、45人かそれ以上の証人はマルタン・ゲールではないと言った。60人近い証人は確信が持てない、よくわからないと言った。リュー裁判所では、被告は有罪とされ死刑が求刑された。

 

第二審のトウールーズ高等裁判所においてもさらに綿密に裁判が行われた。第二審での証人喚問では、わずかながら被告はマルタン・ゲールであるという証言が多くなった。担当の裁判官は誰一人として、3年以上もの間、ほかの男を夫と勘違いしたなどという訴えをかつて審理したことはなかった。裁判官は、「無実な者を有罪とするくらいなら、むしろ、罪ある者を無罪放免した方が良い」というローマ法の基本方針に沿って最終判断を下す態勢にあったとき、トウールーズ高等裁判所に一人の男が現れ、「自分はマルタン・ゲールです」と名乗った。裁判は続けられて、

トウールーズ高等裁判所において以下の判決が、被告に下され実行された。

被告、自称マルタン・ゲールことアルノ・デユ・テイルによって犯された詐欺、偽名使用、他人格へのすり替わりおよび姦通に対する刑および償いとして、同人に有罪判決を下し、絞首刑に処す。

因みに、被告アルノと妻との間に生まれた娘について、妻はアルトを本物の夫と確信している時に身篭ったという理由で、嫡出子と認定した。

 

 

 

400年前の裁判記録がよく残されているなと感心しながら、一気に読んでしまった。訳者あとがきを読んでみると、日本文学にもこの筋書きに似た話が井原西鶴の「懐硯」の中に「案内知ってむかしの男」「俤の似せ男」としてあるようだ。

 

フランスの哲学者モンテーニュはこの事件当時の人であるが、この事件を知って「物事について真実を知ることがいかに困難なことか、また人間の理性という道具がいかに頼りのならぬものかを強調して「人間は確実さを獲得できない。真実も嘘も同じような顔つきをしている。・・・・われらはその二つを同じ目で見つめる」と語っている。

 

世の中には信じられないことがたくさん起きる。その中で真実を見分けることが求められることがある。中世と違い、科学が進歩した今、昔より真実を見分けることができるようになったかもしれない。しかし、それは完璧ではない。まだまだ、人間は不確実ということを自覚しておいた方がいいのかもしれない。