ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

「5000年前の男」を読む

f:id:battenjiiji:20200721230445j:plain


この本は、1991年9月19日、オーストリアとイタリアとの国境近くの標高3210メートルのアルプス山中で、凍結したミイラが完全な形で発見されたときの解明の記録である。

 

 

「9月19日、フィナイル峰から下山中の登山家が頭部と肩が氷から突き出た遺体を発見した。山小屋の主人が警察に通報した。携帯品から判断して、何十年か前に遭難した登山者の遺体と思われる。身元はまだ判明していない。」という記事がオーストリアの地元紙に載った。

 

1991年は異常気象の影響か、8月にアルプス山中で5体の氷河遺体が発見された。5体の身元は過去の遭難記録や身分証明書などからすぐに判明した。一番古い遺体は58年前の遭難者であった。

 

そして、9月19日の発見である。当初、今回も過去の遭難者であろうと思われたが、続報ではかなり古い遺体ということを伝えていた。

 

f:id:battenjiiji:20200722001313j:plain

「関係者は、19日に発見された氷河遺体について、おそらく500年以上前の猟師だろうと言っている。情報によると、遺体の保存状態は良好であり、手に斧を持っていて、背中にはやけど、ないしは鞭の跡がある。両足にはエスキモーが履くような靴状のものが付いている。頭部は鋭利なもので打たれたか、ないしは倒れるときにぶつかったかして潰れている。」と伝えていた。

その後、エッツ渓谷と呼ばれる場所で発見されたことから、この凍結したミイラには「エッツイ」というニックネームがつけられた。

 

標高3210m地点から収容された「エッツイ」は法医学研究所に運ばれた。今回はかなり古い遺体ということで文化財保護法に関連して考古学者も招集されていた。そして、解剖室で遺体の調査が始まると、法医学の場が考古学の場に一変した。

 

台の上に、ひからびた男性のミイラがあった。横の台には、遺品として長い木の棒が1本、金属らしき刃がついた斧、小さな石の円板が付いた奇妙な房、柄が木製の小さな短剣、鉛筆状のもの、革の断片、いくつかの石、木の板やちぎれた紐、多数の革・毛皮の断片などが置かれていた。

 

遺体の調査に加わった考古学者は遺品を見ながら、斧の金属刃、短剣のフリント製の刃、火打ち石関連の道具を見ておおよその見当はつけた。「この遺体はおそらく新石器時代の人です。ほぼ4000年前の人です」と言った。

 

詳しい遺体の年代調査が行われた。先史時代の年代測定には放射性炭素法を用いて行われる。放射性炭素法は、生物は全て炭素を含んでいるという事実から開発されたものである。炭素の同位元素のうち1種類だけが放射性であり、その崩壊速度は5568年で半減することがわかっている。遺体の破片が放射性炭素をどのくらい含んでいるかを測定すれば、逆算して死後どのくらいの時間が経過したかがわかるのである。

 

エッツイについては、正確を期すため遺体と遺物の両方を年代測定することになった。遺体の試験材料としては、左のお尻の骨片と組織繊維が採取された。遺物はマントに使われていた草の茎の断片が採取された。以上の材料を、遺体部分は「オックスフォード大学」と「スイス工業大学」に依頼し、植物資料は「スウエーデンボリ研究所」と「パリ放射線研究所」に依頼した。以上4カ所の研究所の測定結果はほぼ同じ結果であった。エッツイは紀元前3300年から3200年あたりの人ということ結論づけられた。つまりエッツイは今から、5300年〜5200年前の人であった。

 

遺体は法医学研究所から解剖学研究所に引き渡されて、まず頭部、胸部、腹部、腰椎部、骨盤、膝などのレントゲン撮影を行った。そして遺体全身をCTスキャンで調べた。これらの調査で得られた資料を元に遺体の精密な調査が行なわれた。

性別判定については、外部性器は葉っぱ状でひからびているが、陰嚢とペニスと判定された。そのほか恥骨の角度、額の形、頭蓋底の乳様突起の形などから人類学上、性別は男性と判定された。考古学からの性別判定は遺品から判断する。武器は男性特有のものとされ、今回の遺品として発見された弓、矢、矢筒、斧から男性と推測された。こうして人類学的にも考古学的にも男性ということで意見が一致した。

 

死亡年齢については、歯の磨耗度、頭蓋骨の縫合線の状態、背骨や膝の消耗度、管状骨の関節端の海綿質の状態、硬質の骨部分とミネラル含有量、髄腔の横断面の面積など様々な要素を調べて決定されるが一部の調査は遺体にメスを入れる必要がある。今回は、メスを入れない範囲での調査で死亡時年齢は35歳から40歳とされた。

 

身長については、ミイラは乾燥して関節の軟骨も椎間板も収縮しているので、実測ではなく、本来の身長を算出する方法で算出された。まず、長骨(手や脚などの骨)の長さを測る。その数値に一定の係数をかけて本来の身長を割り出す方法である。ミイラの実際の身長は153cmであった。次に係数を用いる方式で計算すると160.5cmという結果が出た。ミッツイの亡くなった時の身長は160cmを中心としてプラスマイナス1〜2cmということになった。

 

頭髪と体毛については、持ち込まれた毛の中に、動物の毛が特定されたほか、人体の毛も多数発見された。色は褐色から黒色。頭髪の長さは9cm以上あったと推定される。太さは50ないし90ミクロンであった。また、縄製のマントの上端、つまり顎や首がじかに当たっていたところからも人間の毛が発見された。褐色ないし黒色で、縮れ毛である。彼がヒゲを生やしていた確率は高いと判断された。

毛について注目すべき点が一つある。それは毛の残存金属量が現代人と比べてかなり低い値を示していたことである。このことから、彼は現代人よりはるかにきれいな空気の中で暮らしており、はるかに汚染度の少ない食料を食べていたことが判明した。

ちなみにミッツイと同じ遺伝子を持つ(親戚関係にあたる)人はヨーロッパで13人見つかっているそうだ

 

この本は、5000年前の男「ミッツイ」について、遺体調査とともにさまざまな遺物調査を進めながらミッツイはどこから来て何をしようとしていたのか5000年前の暮らしまでも解き明かしていった考古学調査の記録である。あらゆる知見、物証を積み重ねて多方面から分析して、最終的には、ミッツイは故郷の村を追われてアルプス山中に逃げ込み行き倒れてしまったと結論づけられた。

今まで私は、考古学という学問に馴染みがなかった。ミッツイは5000年前に生きた人である。私はこの本を通して、5000年前の男「ミッツイ」の案内で5000年前の時代を旅したような思いになった。紀元前3000年の時代に一気にタイムスリップして、ミッツイの案内でタイムトリップした感じである。考古学という学問のすごさを実感した。考古学を通じて、また違った時代へタイムトリップしてみたいと思う。