ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

高橋哲哉教授の話を聞く

「18歳のためのレッスン第3回」は哲学者で東京大学教授の高橋哲哉さんが沖縄について「沖縄米軍基地と日米安保条約」というタイトルで話をされた。

在日米軍基地の74%が沖縄に置かれている。沖縄の面積は全国の0.6%であり、沖縄県民は日本の人口の1%である。比率的に考えて沖縄に在日米軍基地が極端に集中している。この事実が現在行われている辺野古新基地建設問題のベースになっている。普天間基地返還に伴う移転先として辺野古新基地が建設されているが、沖縄県民の70%〜80%の人が辺野古新基地建設に反対している。

 

沖縄の成り立ち

沖縄はそもそも日本国ではなく、琉球王国という別の国であった。1879年に明治政府が琉球処分を実施して沖縄を沖縄県として日本に併合した。沖縄を語るときに、「本土」と「沖縄」というように、「本土」という言葉が使われることがある。本土という言葉には、こちらが本体で周りは付属物というようなニュアンスがあり、この本土という言葉の中には植民地主義的な見方が含まれている。沖縄の人にとっては沖縄が「本土」である。ウチナーグチ(沖縄方言)では沖縄人は日本(沖縄を除く)を本土と呼ばないでヤマト(大和)と呼ぶ。ウチナンチュ(沖縄人)とヤマトンチュ(日本人)という呼び方もある。沖縄を語るときその呼び方にも微妙な問題が存在する。

 

 

日本国憲法について(2015年に発表された戦後70年全国世論調査)

護憲派    約6割

改憲派    約3割であった。

1990年代から2000年代にかけて改憲派が増えてきて護憲派は押されていた。しかし、安倍政権が誕生して以来、護憲派が増え、2015年には護憲派改憲派の倍になり、日本に平和主義が定着したと新聞に書かれるほどになった。その理由の一つは安倍政権の戦争ができる国作りに反対する姿勢によるものと思われる。合わせて、同じ時期に多くの人が集団的自衛権にかかわる「安保法制」に反対した。集団的自衛権を含む安保法制反対の盛り上がりと護憲派の台頭は一つの大きな流れとなった。

 

 

日米同盟関係について(戦後70年全国世論調査)

「日本は戦後、米国と日米安全保障条約を結び同盟関係を結んできました。あなたは日米の同盟関係をどう思いますか」という問いに対して

今より同盟関係を強化すべき 20%

今の同盟関係のままでよい    66%

同盟関係を解消すべき            2%

このことは、合わせて86%の人が日米同盟関係を支持していることで、大多数の国民が日米同盟を支持していることを意味している。

このことは安保法制反対者の中に日米安保条約賛成者がかなりの程度入っていると思われる。また護憲派の多くは日米安全保障条約を維持すべきと考えていると推測できる。つまり憲法9条は日米安全保障体制とセットで支持されている可能性が高いと考えられる。

 

沖縄の基地問題について(戦後70年全国世論調査)

沖縄県では米軍の普天間飛行場の県内への移設に向けた工事が進んでいます。あなたは沖縄県内への移設についてどう思いますか」

回答

政府の方針通り移設を進めるべきだ               35%

工事を中止し沖縄県側とよく話し合うべきだ   48%

沖縄県内への移設はやめるべきだ                  15%

沖縄県内では70〜80%の人が県内移設反対を主張している。全国世論調査では県内移設反対は15%にしか過ぎない。沖縄県民と全国世論調査では大きな違いが見られる

 

沖縄の在日米軍基地について(戦後70年全国世論調査)

あなたは日本の安全保障上、沖縄に米軍基地は必要だと思いますか

回答

大いに必要だ              17%

ある程度必要だ           57%

あまり必要ない           18%

全く必要ない                7%

大いにとある程度合計74%の人が沖縄に必要と考えている。沖縄にではなく、日本に米軍基地が必要だと思いますかという質問であれば違った回答になったのではないかと思われる。

 

 

現在、沖縄に在日米軍基地がおかれているが、その根拠は1960年に成立した日米安全保障条約(安保条約)である。

終戦後、沖縄では米国による銃剣とブルドーザーで強制的に土地を没収され米軍基地が拡張されていった。日米安全保障条約が締結後、米軍基地はさらに拡張された。沖縄は、日米安全保障条約が締結されたときも改定されたときも米国の施政権下に置かれており沖縄選出の国会議員を国会に送り出すことはできなかった。当時から沖縄は米軍基地について意見する機会を持たなかった。日米安全保障条約の締結と改定について沖縄の民意は何一つ反映されていないし、沖縄の米軍基地は沖縄の人が望んで置いたものでは全くない。沖縄にある米軍基地は本土の有権者の政治的選択の結果として置かれているものである。

政治的選択に関わっていなかった沖縄に74%の負担とリスクをさせるのは正す必要がある。本土が日米安全保障条約を維持していこうと思うならばその負担とリスクを本土で応分に負うことが必要である。

 

 

米軍基地の負担率

1952年(アンフランシスコ講和条約)   本土9    沖縄1

1972年(沖縄本土復帰)                     本土1    沖縄1

2015年(終戦後70年)                       本土1    沖縄3

というように年代が下がるに連れて沖縄の負担率が高くなっている。終戦直後は本土に多くの基地があり多くの米兵が駐留していた。しかし、犯罪や事故など様々な問題が発生し、各地で基地反対闘争が起こり反米意識の高まりを警戒して次第に沖縄に隔離されるようになってきた。その結果、沖縄に負担やリスクが増大していった。本土の基地が少なくなり、多くの人の目から基地が見えなくなるにつれて、日米安保条約の支持率が上がっていった。現在、日米安保条約賛成者が多くなり本土の約90%の人が支持している。つまり基地負担やリスクを実感できないから支持できているのではないかと思われる。本来、日米安保条約を支持する者がその負担とリスクを負うことが筋である。本土の90%の住民が日米安保条約を支持している限り、その負担とリスクは本土が負うべきである。実際にその負担とリスクを多くの人が実感した中で、日米安保条約が本当に必要かどうかを議論していく必要がある。

 

現代の問題と歴史の再発見

戦後の日本は平和憲法を持ったので平和と繁栄の時代であったという総括がなされるが、それは間違いということではないが平和と繁栄が何を代償として得られたのかを考える必要がある。戦後の日本の平和と繁栄は沖縄を犠牲として得られたという意見がある。

沖縄は今だに植民地ではないかと語られるようになってきた。在日米軍基地の74%を沖縄が押し付けれれている現状はまさにそれを表しているという人もいる。在日米軍基地の押し付けは沖縄差別が現代も続けられていることと同じと考える人がいる。

安倍政権も管政権も沖縄に辺野古基地を押し付けている。辺野古を強行すればするほど沖縄と本土の溝が深まり、そのことから沖縄の人たちは植民地支配が続いている、差別されているという意識が高まっていく。そしてそのことは歴史を遡っていき琉球王国が日本に併合された明治時代までいきつき、日本国が琉球王国を併合した正当性にまで遡ることになる。

 

高橋哲哉さんのお話を聞いて差別という言葉が出てきて驚いた。しかし、沖縄の人の立場に立つと差別されていると考えるだろう。今の政権は沖縄の声に耳を閉ざすことしかしない。強行に押し切ることしかしない。それでは何も解決しないことだけは確かだ。沖縄の自己決定権を認めて、沖縄の意見に耳を傾けるべきと思う。それ以外に解決策はないと思う。