この本の扉に書かれてある案内を読む。
『著者が少年時代を過ごしたオレゴン州の小さな田舎町“ヤムヒル”。同じスクールバスで通学した同級生の1/4が薬物やアルコール依存、自殺などで若くしてこの世を去った。また、残りの多くも失業中だったり、麻薬やアルコールに溺れていたり服役していたりと絶望の中に生きている。だがこれは“ヤムヒル”に限ったことではない。米国ではエリートが富を独占する一方、社会の下層部で生きる人々の人生は“綱渡り”で、足を踏み外したら、自分だけでなく子孫までが落ちていく。見捨てられる労働者階級の実態に肉薄し、アメリカが辿るべき希望の道を探る』
本書の内容を一部記す。
『2020年はアメリカにとって屈辱の年だった。これまでアメリカは数々の病気の対処法を海外に教える立場であった。ところが、自国における新型コロナウイルス感染症の対策に失敗し、世界でも最悪のレベルに達した。新型コロナウイルスはアメリカ経済の足を引っ張った。2020年の大統領選でバイデン大統領が誕生した。彼は弱くなったアメリカを回復することが課題である。ただし、すぐに方向転換できるわけでもない。人々が思っている以上に大変になるはずだ。私達はバイデンのことも昔からよく知っているので賢明な政策を推し進めてくれると信じているけれども、アメリカが抱える様々な問題は数十年かけて作り上げられ、大惨事の年となった2020年に頂点に達したものだ。一年で生じたものでなければ、一人の大統領のせいでもない。アメリカ合衆国は過去50年間にわたって間違った道を進んできたということだ。教育と人的支援への投資は不十分で、格差の暴走を許してきた。新型コロナウイルスのパンデミックは長年くすぶり続けてきたアメリカ社会の脆さを一気に噴出させたのである。道を誤った結果、アメリカ全土で労働者層ー白人も黒人もヒスパニック系もーすべてが窮地に追いやられることになったのだ。
コロナ禍以前から、アメリカは医療や雇用、依存症、教育、不平等、孤独に関する問題を抱えていた。パンデミックでその全てがいっそう深刻になった。1000万人以上のアメリカ人が仕事を失った。人々はますます社会から孤立し、その結果、アルコールや薬物の摂取量が増えた。失業に伴って健康保険を失って、さらに医療格差は広がった。パンデニックで学校が閉鎖され、インターネットを利用できず、宿題をするように口うるさく言う教育熱心な親がいない低所得者層の子どもは学業でひどく遅れをとることになった。
パンデミックによる休校でアメリカでは100万人もの子供が学校を中退する可能性があると見積もられている。こうした全てがアメリカ社会の格差問題を増幅させた。コロナ禍で、富裕層の人々が何の不安もなく週末を自宅で過ごし、子供たちのために家庭教師を雇う一方で、貧困層の家庭は生活に困窮し、あまりにも多くの人が命を落としている。
これまで、経済自体は問題ではなかった。景気は良かった。ここ50年ほどで、アメリカ経済は5倍に成長し、企業利益は10倍に増えた。2000年からでも、アメリカの個人資産の総額は46兆ドル増加している。これは1世帯あたり平均36万5千ドルになる。しかし、富や収入の増加は、全てにではなく、全国民のごく一部の話である。1980年以降、国民の上位0.1%がとてつもなく裕福で、上位1%が非常に裕福で、その下の上位10%が経済に応じて所得を増やしている。そして残りの90%はみな貧しくなっている。
この150年間、世界の平均寿命は右肩上がりで伸び続けている。抗生物質や輸血、ワクチン接種、殺菌消毒、公衆衛生などの革新により、医療が著しく発展したためだ。今日、アメリカにおける平均寿命は1860年の35歳未満から2000年には77歳にまでなり、その後もじわじわと伸び続けて2014年には最長の78.9歳に達した。ところが、2015年からアメリカ人の平均寿命が縮み始めたのだ。これは、近代史上最悪のインフルエンザの流行で多くの人が亡くなった1918年以来のことだった。経済全体が好景気に沸いていた時代にあっても、平均寿命の短縮は何かがひどくおかしいことをはっきりと示していた。「極めて深刻に受け止めなければなりません。世界のどの先進国でもこんなことは起きていません」とアメリカの専門家は警告した。実際かつては貧しかった韓国も平均寿命はすでに82歳に達しアメリカよりもかなり長くなっている。人口統計学者の予想では2030年までにメキシコもアメリカを追い越すだろうと述べている。アメリカの平均寿命は、属している社会階級によって変わる。低所得者層のアメリカ人男性はスーダンやパキスタンの男性と同じくらいの平均寿命だが、富裕層のアメリカ人男性は世界のどの国の人々より平均して長生きである。高卒かそれ以下の学歴の白人がアメリカ人の平均寿命を縮めている。また、黒人の平均寿命は依然として白人全体の平均寿命より短い。
この傾向に最初に注目したのはプリンストン大学の経済学者であった。彼は、寿命の短縮は薬物、アルコール、自殺という三つの「絶望死」に起因すると考えている。「これらは、より深いところにあるものによって引き起こされた症状です。労働者階級の人々にとって、生きる意味がなくなってしまったかのように思えます。経済が彼らを素通りしたかのようです。」と語っている。』
この本を読んで、戦慄を覚えた。日本はアメリカの後追いをしているように思える。働き方改革などという言葉に踊らされて出来上がった法律は全て経営者の使いやすさに沿った労働改悪で、しかも資本家優遇の税制改革で国民の税負担が増加していくのはアメリカと同じである。貧困は自己責任というレッテル貼りも、自助を強いるものアメリカと日本は同じである。アメリカはその結果、国民はますます貧しくなり、富の一極集中が進んでいった。その結果、コミュニティーが破壊され、分断が生まれ、国力が低下していく。まさに日本も同じ道を進んでいるように思う。そして、最終的に行き着く先は、薬物、アルコール、自殺の「絶望死」の蔓延による平均寿命の低下につながっていく。日本の近未来を見たようなドキュメントであった。ここまで至らないうちに、なんとかして政策変更を急がねばと思う。