ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

「対話する社会へ」を読む

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経済学者である暉峻淑子先生の「対話する社会へ」を読んだ。暉峻先生は今年93歳になられる方で、この本は今から4年前の2017年に上梓されたものである。
本を読むと次のことが書いてあった。
『「口答えするな」という言葉を知っていますか。私の子供時代、社会には対話がありませんでした。
たとえば学校で、「廊下の掃除をしなさい」「今日は1組の当番の日です」「口答えをするな」というふうに、会話が成り立たない時代でした。なぜ?と理由を聞くことは禁止。相手の言葉にいつも背筋をピンと伸ばして「ハイ」と答え、訳がわからなくてもすぐさま実行に移す。「口答えするな」(こんな言葉を知ってる人はもういないでしょうね)。理屈が合わない命令に対して理由を聞こうとすると、必ず大きな声で「口答えをするな」と叱責され、体罰を受けることもありました。

昔も今も、人がもし、自分の考えを素直に言葉に出して話し合えば、「戦争などやめるべきだ」という結論に達するかもしれません。支配者はそれを恐れて戦争当時は、自由な意見を述べることや、討論そのものが禁じられていたのです。人々を動かしていたのは一方的に伝えられる支配者の言葉だけでした。社会全体が軍隊の延長で、人間としての言葉も判断力も奪われていた時代でした。今も言論の自由のない国のニュースが伝えられると、私は日本の過去の事を思い出します。

絶対服従の社会では、大人たちは周りを見回して、ヒソヒソと話をしたものです。食料の配給がないために子供が「お腹が空いた」と言えば、「戦場の兵士を思え」と大人から叱責されました。対話や討論がない社会とは支配者にとってこの上なく都合が良い社会です。誰も批判者がいない沈黙の社会ですから。

昔の話ではありません。戦後70年、言論の自由のある民主主義社会になったはずなのに、私たちの社会には、なぜか空気を読むとか、上司の気持ちを忖度して、言葉に出して質問したり意見を言ったりしない、という風習があります。「空気を読んでいては空気は変わらない」という言葉は、安全保障関連法などに反対してきた学生団体シールズの大学生の言葉ですが、相変わらず、言わないことが無難だ、あるいは関係しない、という保身社会の風習が日本を覆っています。

例えば典型的な対話なき失敗例の一つとして例に出されるのは、2020年の東京オリンピックパラリンピックに向けた新国立競技場場の設計コンペで選定されたザハ・ハディド案を白紙に戻したその経過と、高額な税金の無駄遣いのケースでした。委員会(文部科学省、同スポーツ青年局、JSC、国立競技場将来構想有識者会議、新国立競技場国際デザイン委員会)などという決定機関で、委員の間での責任ある話し合いが行われないまま、上の人の意向を忖度して、一旦はザハ案に決まり、それが社会的批判にさらされると、それを破棄することで結果的に約70億円もの税金が無駄にされたのです。昨今、社会に大きな悪影響を及ぼした事件は、いずれも上の人への忖度が先立ち、率直な議論が出来なかった点で共通しています。当事者たちのプロとしての判断基準は、上の人の意中を読むことだったようです。至当な反対意見を述べることに躊躇する人がいるのは、たぶん、個人と個人の対話の経験を日頃からもたなかったためではないかと思います。

対話は、上の人への忖度や自己保身のお世辞ではなく、また、一般論や抽象論でなく、人間としての対等な立場で、その時その場にもっとも必要な自分の考えや感情を、自分の言葉で語る話し合いです。そこで必要な言葉は、その時その場にもっとも適切であった一度きりの貴重な言葉でしょう。
自分の考えや感情が、他者との言葉の往復によって、より良いものに高められていく達成感は、対話の醍醐味とも言えます。そのことを経験によって知ってる人は、対話を忌避しようとはしません。保身のための言葉など意味がないと感じるでしょう。上司の意向を忖度することは、有害な結果さえももたらしかねないからです。

しかし、私達が日常、私たちの社会において大なり小なり経験していることは、次のようなことです。よりよい解決を目指して、討議・討論を重ねて決めていく社会でないこと。物事を相対的、多角的にとらえ直し、論拠を明確にして議論をし、合意に到達する社会でないこと。
これに対して、それぞれの社会にはそれぞれの方法でお互いに了解し合い、社会的な合意を作る仕方があるので、会話や論争がなくてもいいではないかという反論があるかもしれません。
けれども、現実に社会が急速に個人化して、個性の違いや生活の多様化が進み、階層の分離が固定化していく中で、忖度や推察という一方的な思い込みでは、的外れになることが多くなっているのではないかと思います。
言葉には限界があるにしても、言葉を持つ動物である人間にとって、言葉は、やはり最良のコミュニケーションの手段です。言葉に出さなければ、誰が何を思っているのかわかりません。
発信する人にとっても自分の考えや感情を言葉にすることは、それによって自分の持っている感情や考えを整理して再確認できる効果を持っています。
わかり合っているはずの家族の中でも、あるいは、社会生活に場においても今は対話することがこれまで以上に大事になっています。』

 

2011年3月の福島の原発事故が伝わると、ドイツでは、当時メルケル首相が原発廃止を宣言しました。これはメルケル首相が断行した大方針転換であったと、私は理解していたが、この本を読むとメルケル首相の独断専行ということではないということがよくわかった。

1970年頃から始まった反原発運動に対して、ドイツ連邦政府は警察官による鎮圧行動で押さえ込むよりも市民との対話路線を選んだ。1970年、ドイツの廃棄物処分地を巡るゴアレーベンの対話・討論会は市民・農民・技術者・社会科学の専門家・行政のそれぞれ賛否両論の立場の人、および中間の人も交えた公平なメンバー構成で、繰り返し1000回を超える対話と討議が行われてきた。そして、1975年にヴィール原発建設に反対する住民運動が起こった時、連邦政府の研究科学大臣は「原子力に関する決定は、徹底した情報提供と、市民の広範な参加なしには正当性を持つことはできない」と言い原子力市民対話を続けた。あらゆる会議・対話集会において、市民の反対派、連邦政府の推薦する専門家、与党野党の議員が公平に選ばれ、原子力に関する情報提供と、政府の立場の周知徹底、一般市民向けの教養講座や教会、労組、政党などの団体の意見を聞くことを目的に行われた。そして、どの集会でも、推進・反対両方の観点が提示され、議論は記録されて冊子にまとめられた。
そして、1970年代から今日まで絶え間なく続けられてきた対話集会の積み重ねとして、メルケル首相の脱原発宣言ににつながったということであった。

日本もドイツのような対話社会を目指すべきであろうと思う。この本では新国立競技場の税金無駄遣いが問題としてあがっていたが、問題はそれだけにとどまらない。オリンピック当初予算7400億円と見積もられていた開催経費は1兆6440億円になった。さらに、関連経費を含む総コストは3兆円とも言われている。積算の根拠を求められても納得できる説明はされていない。オリンピック運営のあらゆる場面で責任ある話し合いが行われないままきた結果がこのような放漫経営みたいな運営につながったのではと思う。対話する社会を実現しないと日本の斜陽化を止めることはできないように思う。