ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

3ジジ放談を見る

3ジジ放談は、デモクラシータイムスが配信しているネット番組である。番組の説明に「佐高信平野貞夫早野透、平均年齢80歳に迫る危険な3ジジの大放談。生臭い政治の裏話も書生談義も、大迫力で大展開。チャンネル随一の熱狂的ファンを有する番組」とある。説明通り、私も熱狂的フアンのひとりで毎回楽しみにしている番組である。今回、7月27日配信分を見た。

冒頭、佐高さんがサンデー毎日に書いた吉村昭の人物論が話題になった。
吉村昭城山三郎は同じ昭和2年生まれである。その二人が対談をしたとき吉村が言った。
「あの戦争負けて良かったですね、負けたのが一番の幸せ。そう思いませんか」それに対して、城山は「元少年兵としては、負けて良かったとは言いたくないけどね」と苦笑しながら、「でもあのまま行ったら、大変だったろうね」と続ける。「第一、軍人が威張ってどうしようもなかったでしょう」と畳み掛ける吉村に、「軍人が威張る、警官も威張る、町の警防団長も威張る」と城山が受けて、吉村が「鉄道員まで 威張る」と応じる。昔は汽車に乗っても、検札の時など、客は被疑者扱いだったと苦く笑う城山に、「今は、お巡りさんも優しいものね。『すみませんが』とくるからねえ」と吉村も回顧して、「今は、みんな優しくてほんとうにいい時代ですよ」と、この対談は結ばれる。
この対談での二人のやりとりをあるテレビ番組で佐高さんが紹介したら、「戦争に負けてよかった」とは何事だというネット右翼の批判が殺到したということであった。「いい時代です」は終わろうとしているのかもしれないと佐高さんは話していた。

私はこの話を聞いて驚いた。あの戦争に負けたことで日本に民主主義がもたらされた。戦争に負けたことで大日本帝国憲法を廃止して新しく日本国憲法を制定した。その結果、国家の主権は天皇から国民に移った。天皇は神聖不可侵の国家の元首であったのが、国民の象徴に変わった。軍隊については、旧憲法においては天皇が陸海軍を統帥し、国民には兵役が義務づけられていたが、新憲法においては自衛の戦力以外は保持しないとされ、平和主義と戦争の放棄が宣言された。人権については旧憲法においては臣民の範囲で権利が認められたが、新憲法においては、永久不可侵の権利として基本的人権が保障された。選挙については、旧憲法においては高額の納税をした30歳以上の男子とか、25歳以上の男子のみなどの制限選挙が行われていたが、新憲法になって初めて男女が平等に選挙権を持つ普通選挙が行われるようになった。

これらのことは戦争に負けたことから実現したことであり、日本国憲法の制定を踏まえると、私は「戦争に負けてよかった」という吉村昭さんの意見に心から同意をする。しかし、テレビでこのような考え方に賛意を表すと批判の声が殺到したということに驚いた。

「戦争に負けてよかった」という吉村さんの意見を批判する人たちは、「戦争に勝って、大日本帝国憲法時代の日本がそのまま続いて欲しかった」という考えを持った人たちである。確かに、そのような声をいろんなところで聞くことが多くなってきたような感じがする。

吉村昭さんの「戦争に負けてよかった」という話を受けて、平野貞夫さんが「終戦直後、戦争に負けてよかったかどうか兄弟で議論して喧嘩になった。そこに父が間に入って戦争の話を始めた。父の話で今でも覚えているのは、戦争はすべて悪い。日露戦争は本当に勝ったのか負けたのかよくわからん戦争だったのに、日本人はみんな勝ったと思った。あれから日本人はおかしくなった。日露戦争で日本人に驕りが生じたと父親が言ったことを今でも覚えている。

平野さんが話を続ける。「戦後20年目に1964東京オリンピックが開催された。当時、私は28歳で、オリンピック事務局に勤めていた。事務総長は外交官の与謝野透氏であった。私たちの仕事は世界中から多くの国に参加してもらうことであった。1964東京オリンピックは、オリンピックを通して日本の戦後復興を世界に示すことと同時に、平和への道を世界に示すことであった。20年前の戦争において日本は加害国であった。その戦争を仕掛けた加害国が行うオリンピックに世界の人たちに参加してもらえるように、日本は平和の道を歩む国に生まれ変わりましたと世界に発信するオリンピックであった。

今回の2020東京オリンピックは、安倍元首相はじめ、大日本帝国憲法の復活を願う人たちによって熱心に買収までしながらオリンピックの招致活動が行われ実現されたものである。2020東京オリンピックは戦争に負けた国をもう一度戦前の輝かしい覇権国家に戻そうとするために行われているように思える。2020オリンピックは岸信介の亡霊に操られた戦争の道への五輪誘致であった。そこが1964オリンピックと2020オリンピックの大きな違いです」と語っていた。

オリンピックで選手が死力を尽くして戦う。それを見ているとつい声援にも力が入る。日本人の活躍を見ると単純に嬉しい。大喜びし、応援もさらに力が入る。楽しいことであるが、オリンピックほど国威発揚に利用しやすいものはない。オリンピックほど国家の意識レベルをあげるのに利用しやすいものはないという話を3ジジ放談でも言っていた。そういう国民の感情や心理を覇権国家作りにうまく利用しようとする人がいることも頭に入れておく必要があると今回の3ジジ放談を見ながら思った。