ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

白木峰高原へ行く

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連れ合いの仕事休みを利用してドライブに出かけることにした。目的地は諫早市の白木峰高原である。五家原岳の中腹に広がる白木峰高原は、春には10万本の菜の花、秋には20万本のコスモスが咲き乱れ一年を通じて花を楽しむことができる場所である。それらの花や雄大な景色を楽しみに毎年多くの人が訪れている。私たちも毎年I〜2度は必ず訪れる場所である。自宅から1時間弱の距離でドライブに最適な場所である。先週、白木峰高原に行った方から「桜と菜の花の共演は良かった」という話を聞いたが、1週間過ぎたので桜は散ってしまっているかもしれないが、菜の花は今からである。菜の花を楽しみに行くことにした。

 

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公園内の広い駐車場は、昔だったら満車になることもあったが、コロナ自粛のためか混雑はしていない。来場者が多いときは売店も営業していたが、その売店は鍵がかかったままである。来場者は少ないが、駐車場に車を停めて公園に入っていくと菜の花が少しづつ見えてきた。そして公園全体を見渡せる場所まで上り、振り返って公園を見下ろすと、そこには一面に、広い敷地いっぱい菜の花が咲き誇っていた。

 

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しかも、「桜と菜の花の共演は良かった」と言われた共演はまだ続いていた。1週間前に来た方が、「ちょうど桜が満開で最高だった、見事だった」と話されていたので、桜はすでに散ってしまい、もう共演は終わっていると思っていたが、見事にその共演は続いていた。

この1週間は雨が降ったり、風が強く吹いたり、決して天候は良くなかった。雨風で桜は散ってしまったと思っていたが、桜は雨風にもめげず、頑張って咲いてくれていたようだ。満開の1週間前はもっと華やかであったかもしれないが、今も充分に美しく花を咲かしている。見事というしかない。雲仙岳を背景にした雄大な景色の中のこの共演は、まさに大自然という舞台で演じられる感動の大作である。いつまでも見ていたい気持ちになる。

 

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白木峰の桜に出会えて、桜を惜しむ気持ちから、帰りに近くにある“桜のトンネル”に寄って、帰ろうということになった。桜のトンネルは、森山図書館の横の歩道に沿って植えられた桜が成長して200mくらいの歩道を覆うようにトンネル状態に花をつけることから“桜のトンネル”と呼ばれている場所である。桜のトンネルが残っているか、すでに終わっているかわからないが行ってみた。

桜のトンネルは最盛期はすでに過ぎていたが、まだ十分楽しめる状態であった。車を停めて、桜のトンネルを歩くことにした。時おり、花びらが舞い落ちる中を春を惜しむ気持ちでゆっくり、時には立ち止まりながら桜のトンネルを歩く。♯♯僕らはきっと待ってる 君とまた会える日々を さくら並木の道の上で 手を振り叫ぶよ どんなに苦しいときも 君は笑っているから 挫けそうになりかけても 頑張れる気がしたよ♭♭、森山直太朗さんの「さくら」をつい歌ってしまう。今年も桜のはなびらを受けながらたくさんの卒業式が行われた。桜は別離の花でもある。さくらは“うきうきする気持ち”を届けてくれると同時に“もの悲しい気持ち”も感じる不思議な花である。

 

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帰りに、連れ合いがホームセンターに寄って花を買いたいと言い出した。自宅には庭はないが、鉢を買って寄せ植えしたいというのでホームセンターに寄って鉢と花を買って帰る。早速、一つの鉢にまとめていた。これが成長して鉢いっぱいに緑が茂りいろんな色の花が咲くのを楽しみにしたい。

花を愛でる。美しい花を見て私たちはどれほど癒されているだろうか。美しい花を見て心が和む。明るい気持ちになる。希望が湧く。勇気を得るなどさまざまな心持ちを感じる。花木については、人間と違い、毎年毎年時期が来たら、必ず忘れずに花便りを届けてくれる律儀さにも頭が下がる。この楽しみがあるから生きていけるとも思う。しかし、今、この楽しみさえ味わえないのがウクライナの人々である。ウクライナのことを思うと心が痛む。なんとか早く停戦協定が結ばれることを祈るばかりである。