ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

映画「テレビで会えない芸人」を観る

テレビで会えない芸人というのは松元ヒロさんのことである。私は松元ヒロさんのことは知ってはいるが、舞台は一度も見たことはない。そのヒロさんを主人公にしたドキュメンタリー映画「テレビで会えない芸人」が今年1月に全国各地で封切りされたことを知って、この映画は絶対見たいと楽しみにしていた。ところが、地方都市である長崎では、この映画を上映する映画館はなく長崎では見れないものと諦めていた。そのような中、「映画センター友の会」による自主上映会が1日だけ長崎市の施設で行われることになり、鑑賞することができた。前評判通りの松元ヒロさんを通して社会の不条理を炙り出す作品であった。

松元さんはお笑い芸人である。若い頃は単にお笑い芸人としてに有名になりたい、テレビに出たいという夢を追って走っていた時もあった。31歳でコミックバンド「笑パーティー」を結成し、テレビ番組「お笑いスター誕生!」ではダウンタウンなどを抑えて優勝した。37歳で立ち上げた社会風刺コント集団「ザ・ニュースペーパー」では、日々のニュースを笑いに変え、テレビに出演していた。やり始めたころは政治や社会を風刺しようというはっきりしたものがあったわけではなかった。ニュースをネタに「あれ?」と思うようなことを取り上げて笑ってもらえばいいくらいに思っていた。お笑い会の尊敬する先輩が舞台を一度見に来てくれた。舞台の後、「また来てください」と言ったら、「いや、一回見ればいい」という。「どうしてですか?」と食い下がったら、「僕は思想のないお笑いは見たくない」と言われた。その時は、ヒロさんも若かったので「自分の主張を押し付けるだけがお笑いではないんじゃないですか?」「何かおかしいねとヒントを与えるお笑いだってあっていいと思います」と反論したりしていた。しかし、それ以来「思想のないお笑い」という言葉がずっと頭に残った。

その後、テレビでニュースをネタに仕事を続けていくと、その言葉は使わないようにという要望があったり、その話題は出さないでという制限が出てきたりする。グループ内でも内容についての意見の衝突があったりしていった。グループ内では意見を言い合っていると埒が明かなくなって、最後は多数決になる。そうすると尖ったところがなくなって普通に近づいていく。テレビはスポンサーがいる。言い換えなどを求められ、牙を抜かれて何も毒がなくなってしまう。テレビでは、自分の思うような仕事はできないと考えるようになって、グループを脱退してピン芸人としてやっていこうと46歳の時に決断をした。それは、先輩の「思想のないお笑い」という批評の影響があったからですと言う。

ヒロさんは自らを「テレビで会えない芸人」と呼ぶ。それは「テレビに出たくても、出られない芸人」ではない。テレビの自主規制という檻から自分の意思で飛び出したのだ。ヒロさんのフアンにドイツ人の女性がいる。その方が「ヒロさんのステージを見てドイツを思い出して、懐かしくなって涙が出た」と言った。ドイツでは、コメディアンが政治の話をバンバンする。社会批判、政治批判をズバズバする。ドイツではそういうネタで笑わせるテレビ番組もある。しかし日本では、政治や社会を批判するような笑いが全然ない。ヒロさんがそれをやっていた。それでドイツを思い出して嬉しくなったという。

日本のテレビ界では自主規制があるから自分の思うような仕事ができないと言っても「いいです。私は舞台で勝負しますから」と言えるほど簡単なものではない。手探りで自分の仕事を開拓していかねばならない。そういう手探りで舞台を務めている時に応援してくれた人がいる。永六輔さんと立川談志さんである。永六輔さんは何度も舞台に足を運んでくれて、自分の番組にも招待してくれた。永さんは「自分の主張をして人を笑わす芸というのは、日本に今までなかったもの。ヒロくんはよくそういう芸をやるようになったね。自分の芸を見つけたね」と言って応援してくれた。また、立川談志さんも舞台を見に来てくれて挨拶した。「テレビに出ているやつを、オレは芸人と呼ばない。サラリーマン芸人と呼ぶ。テレビでクビにならないようにということばかり考えている。お前みたいに、庶民が言いたいことを、言ってやるのが本当の芸人だ。だから、お前のことをオレは芸人と呼ぶ」そして、観客に対して「今日、ヒロの芸を見ることができたのは、彼をここまで育ててくれた皆さんのおかげです。私からみなさんに礼を言います」と言って深々と頭を下げた。

90年代末、松元ヒロはテレビを棄てた。「テレビで会えない芸人」は主戦場を舞台に移して政治や社会問題のタブーをネタに爆笑を誘う。ライブ会場は連日満席。チケットは入手困難。痛快な風刺に会場がどっと笑いで包まれる。

松元ヒロさんの芸風であるスタンダップコメディアンは欧米の民主主義国家では一流芸人という人が占める分野で、テレビでも堂々と活躍するのが見られるようだ。日本も民主主義国家であると思うが、その日本では、スタンダップコメディーという分野が全く育たないというのが不思議というほかない。日本は、本当に民主主義国家なのだろうかと疑問を感じる。北朝鮮や中国のことを不自由と批判する人は多いが、「テレビで会えない芸人」を見ると北朝鮮や中国と同じではないかと思うことも多い