ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

日本丸と海王丸を見送る

青点の小ガ倉町から赤点の水辺の森公園までのコース。距離6.26km、最低高度1m、最高高度31m、総上昇高度19m、消費カロリー600kcal、天気晴れ、温度19度、湿度48%

青空が広がる秋晴れの一日、ウオーキングをしようと思った。どこをウオーキングしようかと思案した時、長崎市の水辺の森公園で「長崎ベイサイドフェスティバル」が開催され、そのフェスティバルを盛り上げるため、日本丸海王丸という日本を代表する帆船が数日前より寄港し、船内開放などをして賑わっているという報道があったことを思い出した。そして、今日はその帆船が出港する日である。昔、日本丸が出港する時に登檣礼(とうしょうれい)を初めて見てとても感動した。あの登檣礼をもう一度見たいと思った。出港時間をチェックしたら13時出港と書いてあった。13時だったらウオーキングで十分水辺の森公園まで行けると思って、さらに情報をチェックしたら、出港時の登檣礼はありませんと書いてあった。出港時の登檣礼が無いのは残念だが、久しぶりに日本丸海王丸に会いたいと思い、見送りに行くことにした。

 

 

小が倉町をスタートして国道499号線を長崎市内方面に進んでいく。国道499号線は長崎県長崎市から鹿児島県阿久根市までの道路である。陸上区間29.2km、海上区間82.0km、合計111.2kmと記されている。道というのは陸上区間だけをいうものと思っていたが、必ずしもそうではないようだ。その499号線を長崎市目指してひたする歩く。

 

長崎目指して歩いてきて女神大橋に近づくと、突然、モアイ像が目の前に現れる。なぜ、長崎にモアイ像があるのかと不思議に思うが、工事中で立ち入り禁止になっており、説明文などまだ設置されていないのでわからない。モアイ像はチリ領イースター島にある人面を模した石像である。長崎のモアイ像は海に向かって立っているが、イースター島のモアイ像は多くの場合海に背を向けて立っているらしい。その違いも意味があるのかどうかわからない。

 

モアイ像を過ぎたら、女神大橋である。女神大橋は長崎港の入り口の1番狭い場所に架けられた橋である。長さ1289m、高さ65mの斜張橋で長さとしては全国6位である。この場所は長崎港に入港する唯一の航路である。海上高65mはほとんどの国際観光船が通れる高さであるらしい。コロナで国際観光船の寄港が絶えて久しい。一日も早く巨大国際観光船が女神大橋の下を通る姿を見たいと思う。

 

次は戸町トンネルを通る。戸町トンネルは昭和8年(1933年)に完成した327mのトンネルである。戦争中は工場として使われたようだ。昔に造られたトンネルで狭い。車道の残りが歩道になる。自転車が上手な人はこの狭い歩道でもまっすぐ走れるが、私はこの狭い歩道を自転車で走れない。ふらついてしまって危険である。だから自転車で通る時は必ずトンネルを避けて大きく迂回をすることになる。

 

トンネルを抜けると、小菅修船場跡に出る。国道499号線から下を見ると、長い船台が見える。この船台がそろばんのように見えることから「そろばんドッグ」と長崎人は呼ぶ。ここは日本で初めての近代的ドックである。

 

小菅修船場跡を過ぎて歩いていくと右手に旧香港上海銀行が見えてくる。この辺りは昔、西洋人が多く住み、外国人で賑わった町である。そして、その先の左手に帆船のマストが見えてきた。水辺の森公園がいよいよ間近になってきた。

 

水辺の森公園に到着。ここはいつ来ても気持ちが良い。6kmの距離をウオーキングして来てうっすらと汗を掻き、海風が気持ち良い。広い公園を帆船が停泊している地域へ急ぐ。会場入口では検温と消毒をして入場が許可される。コロナ対策は万全である。

 

会場に入ると、まず、海王丸が綺麗な姿を現す。海王丸日本丸の姉妹船で、日本丸同様将来の船長、機関長を育てる練習船である。日本丸誕生5年後に海王丸が誕生した。全長110.09m、全幅13.80m、マスト高50m、総トン数2,556t、喫水6.584m、建造年1989年である。

 

次に日本丸へ向かう。日本丸は日本最大級の帆船で将来、客船の船長や機関長をめざして、商船系大学や高専海技教育機構の学校で学ぶ学生の訓練航海を行う練習船で、国内はもとより世界各地へ遠洋航海を実施している帆船である。全長110m、全幅13.80m、マスト高50m、総トン数2,570t、建造年1984年である。

 

出航の時間が迫ると多くの人たちが見送りに集まって来た。中にはハタを準備して来ている人がいたので、そのハタはどういう意味ですかと尋ねたところ。2枚の旗で航海の安全を祈るという意味ですと教えてもらった。

 

そして13時ちょうど、日本丸が離岸した。そして岸から離れたところで転回して学生たちが左舷に整列して「帽ふれ」の指揮者の号令を受け大きく帽子を振り、そして日本丸は長い汽笛を3度鳴らして出航して行った。岸壁にいる見送りの人たちもそれぞれ手を振って別れを惜しんだ。次に海王丸が同じように離岸して転回して学生が左舷に整列して帽子を振り、海王丸が長い汽笛を3回鳴らして出航して行った。海王丸の汽笛に呼応してタグボートが3度汽笛を鳴らして航海の無事を祈った。

登檣礼は見れなかった。登檣礼が行われると見学者がもっと増えて密になることを心配して中止になったのかもしれないと思った。コロナの心配なく多くの人が登檣礼が見れるような日が一日も早く来てもらいたいと切に願う。