ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

「山上徹也と日本の失われた30年」を読む

 本書は五野井郁夫氏と池田香代子氏の共著で、山上徹也被告のアカウント名と判断されている「Silent hill 333」を分析、検討したものである。カバーの裏には次のような説明が書かれてあった。
「『Silent hill 333』のアカウント名での投稿は2019年10月13日に始まり、以降、2022年6月30日に途絶えるまで 1364件にのぼる。(アカウントは7月19日に凍結)最後のツイートから8日後の7月8日、彼は凶行に及んだ。
 本書は、この2年9ヶ月間にこのアカウントでつぶやかれた生活記録を軸に、現代日本社会という灰色の靄の中を共に歩むことで、山上被告がああするよりほかに仕方がないと考えるに至った、彼と現代日本の「失われた30年」とは何だったのかを考えるための、一つの試論である」

 山上被告による、安倍晋三元首相銃撃事件によって、統一教会すなわち世界平和統一家庭連合と政治家との関係が白日の下に晒され、事件の衝撃をさらに大きなものにした。私は、山上被告の犯行は、山上被告の母親が熱心な統一教会の信者で1億円を超える献金を続けてきたこと。それによって、山上家は家庭崩壊してしまい、貧困に陥り山上被告自身も大学進学を断念せざるを得なかったこと。それらのことから、統一教会に復讐心を燃やし、統一教会に鉄槌を下すために、統一教会と深い関係を持ち、統一教会の活動にビデオメッセージを送り、広告塔として信用性を与えていた安倍元首相を銃撃したものと思っていた。
 主義主張を同じくする集団と政党が支持し支持されることに、問題は何もない。それが宗教集団であっても問題はない。問題は、その宗教集団が恐怖を煽り、人の不幸や弱みにつけこみ、個人の人格権や幸福追求権や財産権を甚だしく損なってきたことにある。そのために人生を毀損された人がおびただしくいることにある。そんな深刻な社会問題を起こしたカルト教団が、宗教法人格を剥奪もされずに今に至ることにある。そして30年以上前、統一協会が社会と相容れない犯罪的カルト集団と目されてからというもの、心ある人々がたゆまずに監視し、警告し、政治家たちに提言し、犠牲者救済のために尽力してきたことを、政治家たちはおそらくは知りつつも軽視しまたは無視してきた。
 この問題の根幹は、ひとえに権力奪取や政権維持という自己利益のために、さまざまに教団を利用し、その見返りに、教団の権威付けや信用付与に貢献し、あげく教団の不祥事についてはおそらく司直の手が伸びないよう権力を行使するなどして、政治家と教団が持ちつ持たれつつの関係をかくも長く続けてきたことにある。
 犠牲者をないがしろにして、カルト教団の解散を妨害し、カルト教団に及ぶ捜査を妨害し、それぞれの利益を図った全ての政治家たちと教団を、そのつながりの内実を含めて洗い出すことが絶対必要であると強く思う。そうしなければこの問題は解決できないと思っていた。

しかし、この本を読むと、確かに統一教会と政治の癒着も問題であり、解決しなければならない問題であるが、山上被告のツイートの中身を見ると、私たちの現代社会は、「無敵の人」を次から次に生み出す社会になっているという現実を突き付けているという内容であった。「無敵の人」とは、人生に絶望し社会的にも失うものが何もないために、自暴自棄になり、犯罪を起こすことに何の躊躇もない者のことである。
 つまり、この事件は悪辣なカルト宗教集団とそれと癒着した 定見のない政治家の問題でもあるが、そればかりでなく、山上徹也被告の犯行の軌跡は、ロストジェネレーションと呼ばれる世代が共有する社会的バックグラウンドの上に描かれていると指摘されていた。日本はバブル崩壊後の30年、経済は凋落の一途を辿り、この国はその間に育ち、社会に出て行かなくてはならなかった若者の生き血を吸い、見殺しにすることで延命を図ってきたというバックグラウンドである。見殺しにされてきた者が、今無敵の人になって社会に復讐を企てているというのである。

山上徹也被告のツイッターに「革命」という単語がでてくる。その中の一つが次のツイートである。「“Look down ”、今日は朝からずっとこれを聴いている。いずれ日本も革命的な何かが起こると思う」
“look down”はミュジカル“レ・ミゼラブル”の中で歌われる曲である。嵐の中、傾いた巨大な帆船を、鎖で繋がれたおびただしい囚人たちが腰まで水に浸りながら引いていく。俺だちは奴隷だ、ここは地獄だ、あと20年続く地獄だ。だが俺が何をした。俺は無実だ・・・・。」まさにロスジェネの孤独と絶望が見えると分析している。

山上被告のツイートは続く。「残念ながら氷河期世代は心も氷河期」「継続反復して若者の無知や未熟に付け込んで利用して喜んでるような奴は死ねばいいし死なねばならぬ。生かしとくべきではない。それぐらいは言っとく」

今、SNSを介した特殊詐欺集団や強盗団への若者たちの流入が深刻な問題になっている。彼らもまた、非正規、低賃金、希望を見出せぬ若者などロスジェネ以降の世代の問題を抱えたままである。バブルが弾けたからといって、その場しのぎに若者を踏みつけることで社会が延命を図るなど外道の策だった。手遅れかもしれないが、今こそ悪化するばかりの社会を何とか立て直さねばならないと思う。山上被告の犯行は決して肯定できるものではないが、山上被告が投げかけた統一教会問題とロスジェネ世代から続いている問題は現代人としてしっかり受け止めなければと思う。