タイトルの命題は、2021年10月30日、内田樹氏がインタビューを受けた時のテーマである。今、テレビでは自由民主党の総裁選挙を毎日何時間も報道している。今から3年前、内田氏は自民党政権を批判した。総裁選立候補者は3年前の内田氏の批判をどのように受け止めるだろうかと思いながらインタビュー記事を読み直した。内田氏は以下のように語っていた。
日本がますます貧乏になり、生産力が低下し、国力が衰退しているのはなぜでしょうか?最近のニュースでもOECD諸国と比べた時の日本の平均賃金の安さはアメリカの約半分で、韓国より低いことが話題になっていました。日本がいま国際競争力から科学技術力まで国力の衰退の一途をたどっている要因はなんでしょうか。
内田 「日本の国力が衰微している最大の理由は、多くの人が短期的な自己利益の増大に走って、長期的なタイムスパンの中で、自分と共同体の利益を安定的に確保するためにはどうしたらいいのかを考える習慣を失ったからです。目先の自己利益ばかり考える利己的な人間ばかりになったら、市民社会も国民国家も持ちません。
目先の利益が得られるなら、『あとは野となれ山となれ』という人たちが統治機構をコントロールして、政策を立案して、政治を通してビジネスをやっているのです。今の日本はもう近代市民社会の体をなしていません。公権力を用いて私利私欲を満たし、公共財を奪って私財に付け替えるような人たちばかりがエスタブリッシュメントを形成している。『そういうことができる』ということが権力者なのだ、そのどこが悪い。文句があるなら、まず自分が権力者になってみろ…というタイプのシニカルな権力観を平然と語る人たちが『リアリスト』を名乗っています。
今、日本は国際社会から敬意を寄せられない国になっています。モリカケ問題から五輪利権まで、公の中心を担う人々が小賢しいスキームを考え出しては自己利益を追求しています。これはシリアスな亡国の兆しだと思います。豊かで安全な社会で暮らしたいと思うなら、公共財を削り取って私腹を肥やすより、わずかであっても公共のため、他者のために、みんなが『貧者の一灯』を持ち寄って、厚みのある公共を構築することが一番効率的なんです。その近代市民社会論の出発点まで戻らないといけないと思います。
でも、今の日本人は公共というのは、『みんなが持ち寄ったもの』とは思っていません。海や山のように昔からそこにある『自然物』のようなものだと思っている。だから、公共財をいくら削り取っても、いくら濫用しても、『分配にあずかれる人間』と『分配がない人間』の格差は生まれるけれども、公共財そのものはいくらでも『食い物』にできると思っている。だから、自分の支持者や友人には公権力を使って便宜を図り、公共財を使って優遇することを少しも悪いことだと思っていない。今、多くの日本人が公人は公平で廉潔であるべきだと思っていません。そんなのは『きれいごと』だと鼻先で笑っている。でも、公人が倫理的なインテグリティ(廉直、誠実、高潔)を失ってしまったら、国はもう長くは持ちません。
今の日本政府が『世界と人類のあるべき姿』を示して、国際社会に指南力を発揮すると期待している人は国際社会にはいません。でも、『他者からの敬意』なしでは人間は生きてゆけない。国だって同じです。『他者からの真率な敬意』という糧を失うと、『生きている気』がしだいに失せてくる。今の日本があらゆる指標で国力が衰微しているのは、そのせいなんです。金がないからでも、軍事力が足りないからでもない。他国の人たちから敬意を抱かれていないからです。
『他者からの敬意』を得るために最優先にすべきことは、国民全体が豊かで幸福に暮らせるようにすることです。だから、国力を回復するというのも、それほど難しい話じゃないんです。別に大金を儲けたり、軍事力を増強したりする必要なんかない。国際社会から見て「日本はいい国だな。みんな幸せそうに暮らしているな」と思われる国になれば、それでいい。それが敬意を醸成する。だから、とにかく国民全員が豊かで幸福に暮らせるように、制度を整備して、厚みのある、手ざわりの温かい公共を再構築することです。最優先に整備すべきは、行政と医療と教育です。その領域には十分な公的支援を行う。そうすれば、市民たちは安心して暮らし、教育を受け、良質な医療を受けられる。でも、実際には、『民営化』や『稼げる大学』や『稼げる医療』などというビジネスのロジックを持ち込んで、行政のアウトソーシング化を進め、公共セクターがどんどん痩せ細っています。
新自由主義は先がないということに気づいてよい頃です。新自由主義の『選択と集中』というのは、パイが縮んでいるんだから、生産性のないメンバーにはパイをやるな、生産性の高いメンバーにだけパイを食う権利があるという露骨な弱肉強食イデオロギーのことです。それで25年やってきた。そしたら、日本はますます貧乏になり、日本の生産力はますます低下し、人々はますます暗い顔になってきた。もういい加減に『こんなやり方』をしてたら先がないということに気づいてよい頃です。
パイが縮んでいるからと言って、隣人の取り分を奪い取ろうとすれば、共倒れになるだけです。今やるべきことはその逆です。医療や教育が公共財として誰にでもアクセスできるものになれば、僕たちはずいぶん安心して暮らしてゆける。それが社会を豊かにする早道だと僕は思います。なんだか小学校の学級標語みたいで、気の抜けるような話ですけれども、一番大事なのは『人に親切にすること』だと思います」と語っていた。
内田樹氏のインタビュー記事を読みながら、「日本の政治は国民に親切ではない」と確かに思う。それが日本で生きてる気がしない原因なのだと私も思う。内田氏はその解決は難しいことではないとも言っていた。自民党総裁選立候補者の顔を見ながら内田氏のアドバイスを実行できる人は誰だろうと推測する。しかし、この3年間日本をさらに生きづらくしてきたのは自民党総裁選立候補者たちである。出馬会見では立派なことを言うが信用できない。立候補者の顔を見ても自民党長老に操られる姿しか思い浮かばない。期待できそうな人はいない。やはり自民党には退場してもらうしかないと思う。