ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

「医療崩壊 立ち去り型サボタージュとは何か」を読む

 雑誌に内田樹氏の論評が掲載されていた。そこには次のように書かれていた
「地方での医師不足が問題になっている。医師が都市部に集中し、地方では医療機関の閉鎖や統廃合が進む。特に足りないのが、産婦人科、麻酔科、脳神経外科で、地域に医師がゼロというところもある。
 産婦人科医が不足しているのは、もちろん出生数が減っているということもあるのだろうけど、20年ほど前に「立ち去り型サボタージュ」として話題になった事件の影響が少なくないと私は思う。日本の産婦人科医療は世界最高レベルだが、それでも大量出血などで母体死亡という事例は一定の比率で発生する。これを医師による医療ミスとして遺族が訴訟するケースが一時期相次いだ。そして、特段の診断上の過誤があったわけではなかったにも関わらず 、「最先端の医療情報へのアクセスを怠った」ことを咎められて医師が実刑判決を受けるという事件が起きた。この時にメディアが総がかりで医師不作為を攻撃した。『医療崩壊 立ち去り型サボタージュとは何か(朝日新聞出版)』で、小松秀樹医師がこの事件を扱っている。私が小松先生に会ってお話を伺った時に、こんなことが続けば、いずれ産婦人科 という診療科を選ぶ医師はいなくなるだろうと語っていたけれど、予言の通りになった」
 私は内田樹氏の論評の中で取り上げられた『医療崩壊 立ち去り型サボタージュとは何か(朝日新聞出版)』を読んだ。

著者の小松秀樹氏は虎ノ門病院の泌尿器科部長を務めている方である。氏は著書の中で以下のように語っていた
 「医療とは本来どういうものかについて、患者と医師の間に大きな認識のずれがある。患者は、現代医学は万能であり、あらゆる病気はたちどころに発見され、適切な治療を行えば人が死ぬことはないと思っている。医療にリスクを伴ってはならず、100%の安全が保証されなければならない。良い医師の行う医療では有害なことは起こり得ず、有害なことが起こるとすれば、その医師は非難されるべき悪い医師である。医師や看護師は、労働条件がいかに過酷であろうと、誤ってはならず、過誤は人員配置やシステムの問題ではなく、善悪の問題だと思って いる。
 これに対し、医師は、医療に限界があるだけでなく危険であると思っている。適切な医療が実施されても、結果として患者に障害をもたらすことが少なくない。手術など多くの医療行為は身体に対するダメージを伴う。個人による差違も大きい。死は不可避であり予測できない。どうしても医療は不確実にならざるを得ない。同じ医療を行っても、結果は単一にならず分散するというのが医師の常識である。
 医療従事者は、患者の無理な要求を支持するマスコミ、警察、司法から不当に攻撃されていると感じている。このため、医師は勤労意欲を失い病院から離れ始めた。多くの新人看護師が、医療事故の当事者になるのを恐れて、病院を辞めている。
 患者側からの「攻撃」の強い小児救急は担い手が減少し、すでに崩壊した。紛争の多い産科診療も地域によっては崩壊している。全国の病院で医師不足が目立っている。医師の絶対数が減っているわけではなく、開業医は増えている。開業医が増えても、複雑で高度化した現代医療は、個人の開業医で見られるようなものではなく、病院診療を代替できない。私には日本の医療が荒廃に向かおうとしているように見える。

 この問題を解決するために、大きな権限を持つ国民的会議を開催し、医療とはどのようなもので、何ができて何ができないのか、人間にとって死はいかなるものなのか、現在の医療の問題は何なのか、危機を回避するための対策はどのような理念に基づくべきなのかについて、国民的合意を形成することを提案する。言うなれば 「医療臨調」である。メディアの注視する中で問題を提起し、論点を整理し、理念の議論を詰めるべきである。考え方を整理した上で、具体的対策を考えるべきである。具体的対策の根幹は、医事紛争の裁判によらない解決方法の確立と公平な補償である。国家的事業として患者と医療側の相互不信を取り除く努力をしないと取り返しのつかないことになる。事態は急を要する」と述べていた。

 この本は2006年に出版されたものである。この本はこのまま進むと日本の医療は崩壊しかねないという危機感を感じ、身を削る思いで渾身の力を振り絞ってまとめ上げられた一冊である。しかし、著者が予言した通りますます医師不足が深刻になってきている。小児科、麻酔科、産婦人科などなり手が顕著に減少しているようだ。

 この本が出版されて、18年が経つが何ひとつ問題点は改善されていないように思う。医療に関しては、今、マイナーカードに保険証を紐つけするとよりスムーズに医療を受けれますとか言いながら、莫大な予算を投じてマイナーカードの保険証紐付けが大々的に行われている。そんなことよりもっと大事なもっと根本的な問題には何も手がつけられいない結果が、現在の医師不足である。マイナーカードの保健証の紐付けなど後回しで、政治家は医師不足解消に全力で取り組んでもらいたいと思う。