アメリカの有名男優ジョニー・デップと元妻アンバー・ハードはアメリカで有名な芸能人夫婦である。彼らの離婚裁判を発端に、SNSではハードへの執拗な攻撃が行われた。この番組は、それがどのように裁判に影響を与えたのかを検証する番組であった。当初、デップによる家庭内暴力は、最初の裁判で認められていた。しかし全面的にデップを擁護する男性優位主義者たちが被害者のハードを中傷する動画などを拡散すると、世論はハードに対して批判的になっていった。セレブの離婚劇を通して、SNSによる印象操作が世論を変える恐ろしさを伝える「原題:DEPP VS.HEARD:THE SOCIAL MEDIA TRIAL/フランス 2023年」を見た。
ジョニーとアンバーの関係、および裁判の簡単な時系列は次のとおりである。
ジョニー・デップとアンバー・ハードは、2009年の映画『ラム・ダイアリー』の撮影現場で意気投合し、2012年から恋愛関係になった。その後、2015年に結婚したが、しかし、翌2016年に離婚を申請した。和解しがたい関係になったというのが理由だった。
この離婚の時点で、アンバーはジョニーから日常的に肉体的な虐待を受けていたと告発し、裁判となるもすぐに示談が成立し、2017年に正式に離婚した。これによってジョニーのイメージは急降下し、『ファンタスティック・ビースト』シリーズのグリンデンバルド役も降板の危機に陥った。2019年、ジョニーはアンバーを名誉毀損で訴える。徐々にアンバーの嘘がバレはじめ、逆にジョニーが彼女から暴行の被害を受けた証拠も提出される。両者の証言が食い違い、事態は泥沼化。そして2020年、イギリスの裁判でジョニーの敗訴が決定した。しかし、2022年、アメリカの裁判所でジョニー側からの訴訟がはじまった。裁判は2022年6月に結審し、両者に名誉毀損が負わされるも、賠償額からジョニー側の実質的な勝利となった。アンバーが控訴するも、12月に示談が成立した。
注目すべきは、この2022年の裁判が、全米でネット中継されたことである。アメリカでは法廷内での撮影・録音が可能で、彼らの担当裁判官の許可が出たことで、ライブ配信による中継は200時間にも上った。ジョニー、アンバー、それぞれの主張が過熱し、様々な関係者が証言台に立つなどして、ネット上では一種のお祭り騒ぎとなった。特にアンバーの証言については、それ以前の裁判も含めて「どれだけ嘘をついているのか」「泣いてるのに涙が出ていない」などというネタでSNS上では盛り上がっていった。
SNS時代の裁判について、識者は、「それは面白半分に人の人生を破壊する裁判となった。特に女性の人生を破壊する裁判だった。ネット上のヘイトの根底にあるのは女性への憎悪です。投稿されるネット上に頻繁に現れるあざけりの背後にはある種の男たちの存在がありました。それはマスキュリニスト、つまり男性優位主義者です。彼らの主張は、「レイプされる女にも責任がある」「俺のものにならない女は処分する」「男と女は平等ではない」というものです。この裁判を女性の主張を否定する絶好の機会として、マスキュリニストたちが世論を動かしたのです」と語っていた。
マスキュリニストは「me too運動」の拡がりを一番いまいましく思っていた人たちで、デップ対ハードの裁判から、アメリカでは偽の情報やプロパガンダの情報が拡散され、「me too運動」の方に振れていた振り子が振り戻されたといわれている
マスキュリニスト集団は、いかにして、自分たちの主張を広げていったか、女性への攻撃を加速させていったのか。デップ対ハードの裁判について、SNS上で女性側(ハード側)に立って意見を表明すると、たちまちそれは、おびただし非難の嵐に襲われ炎上してしまう。「ハードは嘘つき。ハードは頭がおかしい。ハードは馬鹿だ。それを擁護するお前はどうしようもない馬鹿だ、死ね」などの暴言に見舞われる。そればかりでなく、多くの人がドキシング(Doxing)の攻撃を受けることになった。
ドキシング(Doxing)とは、悪意を持って個人情報を収集し公開するサイバー攻撃手法である。ドキシング攻撃は、社会保障番号、住所、電話番号、クレジットカードの詳細、その他の個人情報など、センシティブなデータを公に晒すことによって、ターゲットを恥ずかしめたり傷つけたりすることを目的として実行される攻撃である。拡散された個人情報をもとに様々なトラブルに巻き込まれることにもなった。ドクサー(Doxer)は、このデータを使用して、何らかの方法で被害者を恐喝したり脅迫することも多い。
SNS上でハード側に立って意見を主張した多くの人がドキシング攻撃を受け、SNS上での意見表明を控えるようになっていった。その一方で、デップ側の支持者は急増していった。
ドキシングの被害にあったハード側の支持者は語っていた。今回のデップ対ハードの裁判がSNSではっきりと証明したのは、今のソーシャルメディアの仕組みは、女性蔑視と女性憎悪に有利に働くということです。自由な議論は大事です。議論の中でときには攻撃的な言葉が飛び交うこともあるでしょう。ただそれでも、人として守らなければいけないものがあります。それは誰でもが恐怖を感じずに生きる権利です。恐怖を与えて口を封じるのが現在のSNSです。
この番組を見て現在のソーシャルメディアの仕組みは怖いと改めて思った。マスキュリニスト(男性優位主義者)という言葉を知らなかった。このような人がいることも知らなかった。主張するのは勝手だが、相手に恐怖を与えることに躊躇しないこの集団には嫌悪しかない。世界で起こっていることは日本でも起こる。この仕組みを改善しないと意見を言えなくなってしまう。