安倍元首相の国葬は2022年9月27日、東京の日本武道館で実施された。
その安倍元首相の国葬はどのような意思決定で行われたのか、情報公開法に基づき行政文書開示請求が行われたが政府は「不開示」と回答した。この不開示を不服として、ジャーナリズム組織「Tansa」が昨年、東京地方裁判所に「国葬文書隠蔽裁判」起こした。
その第2回口頭弁論が3月に行われたが、それに関連して原告のTansa編集長・渡辺周氏の意見陳述書を拝見した。その一部を記す。
「安倍晋三元首相の国葬の実施については、2022年当時、世論が二分され、しかも反対の声が上回っていました。政府は同年7月22日の閣議決定によって国葬の実施を決定しましたが、その決定を支持しない人も多くありました。
閣議決定翌月の8月から9月にかけて報道各社が行った世論調査は、次のような結果でした。
共同通信 「納得できない」56%、「納得できる」42.5%
毎日新聞 「反対」53%、「賛成」30%
産経新聞 「反対」51.1%、「賛成」40.8%
朝日新聞 「反対」50%、「賛成」41%
読売新聞 「評価しない」56%、「評価する」38%
さらに、法の専門家たちも国葬反対の声を挙げました。
憲法研究者85名は「政府による安倍元首相の国葬の決定は、日本国憲法に反する」という声明を出しました。東京弁護士会をはじめ、全国の弁護士会も相次いで反対声明を出しました。
しかし政府は、2022年9月27日、安倍元首相の国葬を東京の日本武道館で実施しました。国会に諮ることもありませんでした。なぜ政府は、世論が真っ二つに割れる中、閣議決定のみで国葬を実施したのでしょうか。
その「唯一の支え」が、2022年7月12日から14日の3日間にわたって行われた、内閣法制局第一部、内閣官房内閣総務官室、内閣府大臣官房総務課による協議です。この協議が閣議決定による国葬実施の支えとなったことは、当時の岸田文雄首相が記者会見と国会で述べています。
例えば7月14日の記者会見で、岸田首相は国葬を閣議決定で行うことについて次のように語っています。
「これにつきましては、内閣法制局ともしっかり調整をした上で判断しているところです。こうした形で、閣議決定を根拠として国葬儀を行うことができると政府としては判断をしております」
国会でも、2022年9月8日の衆議院議院運営委員会で、岸田首相は、「内閣法制局ともしっかりと確認の上で、政府として判断ができるという判断の下に今回の決定を行った」と答弁しています。
日本政府の責任者が、国民の知る権利に応える記者会見、そして国権の最高機関である国会に対して、内閣法制局との協議が閣議決定による国葬実施の支えとなっていることを言明したわけです。
しかし、被告はその協議記録について「当該意思決定に与える影響がないもの」として、作成していないか廃棄していると主張して不開示と回答していますが、それは「首相が嘘をついた」と言っているのに等しいと言わざるを得ません。
閣議決定で国葬を実施することについて協議した記録がいかに重要か。そのことは現首相の石破茂氏も認識しているはずです。2022年9月9日付の石破氏のオフィシャルブログから引用します。
1975(昭和50)年6月3日未明に佐藤栄作元総理が逝去した際、同日午前8時に急遽開催された政府・自民党の首脳会議に陪席した吉国一郎法制局長官(当時)は、「司法・立法・行政の合意が必要だ」と述べた、と報ぜられています(同日日経新聞夕刊)。当時の最大野党であった日本社会党が国葬に否定的であったこともあり、佐藤元総理の葬儀は国葬ではなく、政府・自民党の他に財界なども主催者となって費用を分担する「国民葬」として執り行われました。私にはこの吉国長官の発言の方が、より説得的であるように思われます。
旧憲法下における「国葬令」に基づく国葬は、唯一の主権者であった天皇から下賜されるものであったため、その決定に異議をはさむ余地は法的にも全くなかったのですが、現行憲法下で主権者が国民となった以上、今後国葬を執り行うに当たっては、この「国民の意思」が表明される必要があるものと考えます。
「誰を国葬とすべきか」の基準を定めることはまず不可能でしょうが、決定に至るプロセスにおいて「主権者である国民の意思」が表明される、ということが重要です。そしてそれには、憲法上「国権の最高機関」と位置付けられ、全国民を代表する議員によって構成される国会の議決がまず必要でしょう。両院の議決があって、意見を求められた内閣(内閣総理大臣)が、これに異存のない旨を表明する、という流れが考えられます。
石破氏は1週間後の9月16日付のブログでも国葬に言及する中で、民主主義の本質を「意思決定に至る手続きの整備」だと述べています。国会を通さないどころか、閣議決定に至るプロセスを示す記録すら「不存在」だという主張は、石破首相の考えとは大きく矛盾しています。
民主主義の基本は、記録を残し、それを基に社会を構成するすべての人が検証できるようにしておくことです。そして、それは情報公開法の目的でもあります。
私たちは、国葬の是非を問いたいのではありません。民主主義が機能不全に陥らないよう、ここで歯止めをかけたいのです。国葬文書だけではなく、近年、政府による公文書の隠蔽や改ざんが横行しているからです。日本の民主主義の一角を担う裁判所が、情報公開に対する行政府の態度を改めさせることを切に願い、私の意見陳述を終わります」
Tansa編集長・渡辺周氏の意見陳述は誠に至極もっともなことである。渡辺氏が述べているように、近年、政府による公文書の隠蔽、改竄が横行していることは由々しき問題である。森友学園への国有地売却問題を巡り財務省が公文書を改ざんした問題や、防衛省による陸上自衛隊のイラク派遣部隊の日報隠蔽問題など、安倍政権では公文書管理や情報公開への国民の信頼を損なう出来事が相次いでいた。その流れは今も続いているようだ。
公文書の隠蔽・改竄が行われる国家は国際的に近代国家として認めてもらえない。公文書管理に関する日本の現状は自ら国際的信用を貶めていることと同じである。渡辺氏が述べているように、我が国の民主主義が機能不全に陥らないよう、政府による公文書の隠蔽や改ざんに歯止めをかけなければと切に思う。