
「エリート過剰生産が国家を滅ぼす」の中に次のことが書かれていた。
「ドナルド・トランプはありえない大統領だった。いかなる種類の公職についた経験もなく合衆国大統領になったのは、彼が史上初めてであった。2014年の時点では、おそらく本人を含めて、誰ひとりトランプが地球上で最も強大な国の統治者になるなど想像だにしていなかったに違いない。世界の超大国の頂点にトランプが猛スピードで、上り詰めたのは、まさに驚くべき現象だった。よってアメリカ国民の半数と支配エリート層の大多数は、彼の当選は合法的な手段によるものではないと考えた。多くは、ドナルド・トランプの選出はロシアの謀略の結果だという陰謀論を信じることを選んだ。今日に至るまで評論家やコラムニストたちはトランプ現象が起きた経緯と理由について議論を続けている。
ドナルド・トランプが第45代アメリカ大統領になることができた理由を知るためには、個人的な資質や手練手管よりもむしろ、彼をトップへと押し上げた計り知れない社会的な力に眼を向けるべきだ。トランプはいわば、荒れ狂う巨大波に持ち上げられた小舟のようなものだった。彼を大統領に当選させ、アメリカを国家崩壊の崖っぷちへと追いやった2つの重要な社会的な力とは、まさに「エリート過剰生産」と「大衆の貧困化」だった。
ドナルド・トランプは超富裕層の中で、今、急速に拡大している「政界進出を目指す集団」の1人であった。彼はもともと有名で大金持ちだったが、それ以上の権力を得ることを政界進出に求めた。政治経験のないスーパーリッチが大統領選への出馬を目指したのは、トランプが初めてではなかった。何人かが今までに挑戦したが成功しなかった。1992年には超リッチなIT系実業家が立候補して一般投票で20%を獲得したが、それ以上の支持は広がらなかった。彼らが失敗したにも関わらず、トランプは成功した。成功した理由は二つあると考える。一つ目は、1992年よりも2016年には大衆の貧困化がはるかに深刻化しており、トランプは選挙活動の中でこの社会的な力を巧妙かつ情け容赦なく利用した。その結果、社会から取り残されたと感じるアメリカ人の大多数が、ありえない候補者ー政治経験のない超大金持ちーに投票した。彼らの多くにとってこの投票行動は、トランプへの支持というよりもむしろ、支配階級に対する激しい怒りを帯びた不満の表明だった。
2つ目は、2016年までにエリート過剰生産ゲームは分岐点に達し、政治活動における行動ルールがこともなげに無視されると言う状況に陥っていた。2016年の共和党予備選挙には、それまでの過去最多となる17人の候補者が立候補した。それに唖然としたアメリカ国民は、無意識のうちにエリート志望者ゲームが史上稀に見る泥試合に発展すると言う奇怪な光景の観客となった。候補者たちはマスコミの注目を集めるために、競争に残るために異様な発言を繰り返し、でたらめな言葉を引き合いに出した。その陰で「真面目な候補者たち」は、世論調査で順位を落とし撤退を余儀なくされた。
トランプを過大評価するのは誤りだ。彼が大統領に当選したのは、民衆の不満の圧力をうまく導く能力とエリート間の対立が都合よく組み合わさったからに過ぎない。そのような民衆の不満は、人々が理解しているよりも、あるいは理解したいと望むよりも広く浸透し、さらに敵意に満ちている、と書かれていた。
この本の著者ピーター・ターチン氏は複雑系科学の研究者で、クリオダイナミクス(歴史動力学)という新たな分野を開拓された方である。(クリオダイナミクスという名前は、ギリシャ神話の歴史の女神クリオ、変化の科学であるダイナミックスに由来する)
クリオダイナミクスは、データサイエンスの手法を用いて、何世代にもわたる歴史家たちが蓄積してきた歴史的記録をビックデータとして扱い、数理モデルを通して、歴史はくだらない出来事の単純な繰り返しではないという観点から人間社会の現在を見つめる学問である。そのクリオダイナミクスは、次のことを明らかにしてくれている。国家として組織された複雑な社会が、およそ5000年前に最初に登場してから、一時的にはどれほど成功を収めたとしても、やがてその社会は例外なく問題に直面すると言うことである。すべての複雑な社会は、内部の戦争や不和の勃発によって、内部の平和と調和が周期的に中断されるというサイクルを経験するということである。
第2次トランプ米政権の発足から20日で3ヶ月が過ぎた。新聞紙上で次の記事を見た。
「トランプ大統領は米国が主導してきた自由貿易体制に背を向け、日本を含む各国に一方的な高関税措置を乱発している。最大の競争相手とする中国との摩擦は激化し、また方針転換を繰り返して世界を振り回している。内政では不法移民対策を強引に推し進め司法判断を軽視し続けている。批判を顧みず、独善的姿勢を貫いているが、それは国際的に米国離れが進む危うさをはらんでいる。トランプ政権には法の支配を重視し、一方的な現状変更を厳しく非難してきた米国の姿はどこにもない」
クリオダイナミクスの観点から現在のアメリカを見ると、どれほど成功を収めたとしても、やがてその社会は例外なく問題に直面するという問題の最中にあるという。その一番不安定な問題の多い時に担ぎ上げられたのがトランプ大統領であるらしい。
そのトランプ大統領は、マスコミの注目を集めるために、競争に残るために異様な発言を繰り返し、でたらめな言葉を引き合いに出した。その陰で「真面目な候補者たち」は、世論調査で順位を落とし撤退を余儀なくされた。そのような選挙戦で勝ち上がってきた人なのだ。日本の都知事選の石丸伸二氏のような、兵庫知事選の立花孝志氏のような中身のない口先ばかりの候補者が支持を獲得した選挙を想像する。アメリカではとんでもない人間が選出されたのだと思った。そして、日本も決して他人事ではないと思った。