
慶州「ナザレ園」は、日本の植民地時代に朝鮮人男性と結婚し、1945年の日本敗戦後も朝鮮半島で暮らした日本人妻たちの福祉施設である。今年2月最後の入園者が亡くなり、近く閉園するという記事を見た。そして記事には次のように書かれていた。
慶州「ナザレ園」は、キリスト教信者の社会福祉事業家であった故金龍成さんらが1972年に設立した施設である。きっかけは生活苦にさいなまれた日本人妻が相次いで事件を起こしたのを金さんが知ったことだった。1人は足を怪我して寝たきりの夫を抱え、一家で心中しようとして放火罪に問われた。もう1人は、市場で米を盗むなど窃盗を繰り返していた。金さんは刑務所で面会し事情を聞き、刑務所長に善処を頼んだ。やがて2人は釈放され、ナザレ園の最初の入園者になった。
当時は、反日感情が今とは比べ物にならないほど強かった。「なぜ支配者だった日本人をかばい、保護するのか」と棒を持って抗議に来た青年たちもいた。金さんは、「日本人の女性たちに何の罪があろうか。親の反対を押し切って韓国の青年を愛し、祖国を捨てるようにして渡ってきた人たちだ。社会福祉に国境はない」と反対する人たちに訴えた。
日本人妻たちは、植民地時代に朝鮮人と結婚し、戦後は韓国で暮らしていた。夫に先立たれ極貧に苦しんだり、結婚生活がうまくいかなかったりした人もいた。1950年には、朝鮮戦争が起き、全土が戦火に覆われ徴兵された夫を亡くした女性もいた。
ナザレ園が広く知られるようになったのは、1982年に作家の故上坂冬子さんが著書「慶州ナザレ園」で、妻たちの窮状や園での生活の様子を描いてからだった。貧しさのあまり、山で穴を掘って暮らしていた女性もいた。サブタイトルは「忘れられた日本人妻たち」。ナザレ園を女性たちの「駆け込み寺」と表現した。当時、園では、元気な若手が年長者や病弱な人の世話をし、互いに助け合っていた。
もともとナザレ園は、日本へ帰る女性たちが一時的に暮らすための施設だった。147人が帰国したが、韓国に子供がいたり、日本に身寄りがなかったりした人たちは、そのままナザレ園で暮らし続けた。夫の墓が韓国にあるので帰国しないという妻もいた。差別と偏見のなか、朝鮮の男性との結婚に家族が反対し、勘当されてしまったので、日本に帰れないというケースもあった。園に残った人は100人ほどにのぼったという。やがて月日がたち、入園者たちは高齢になっていった。そして、今年2月最後の入園者が亡くなり、近く閉園することが決まった。
園長の宋美虎さん(74歳)は、創設者の金さんが2003年に亡くなってから園を引き継いできた。宋さんは、中学校の教師だったが、金さんが運営していた児童養護施設でボランティアをしたのがきっかけで、社会福祉の道に入った。1983年から40年余り、住み込みで働き、何かあれば土日も夜間も対応するなど、献身的に面倒を見てきた。おばあさんたちとの会話で身に付けたという日本語は滑らかだ。「皆さんがナザレ園は天国だ、と言ってくれる。本当に嬉しくて、その言葉が力になった。異国で苦労した方たちが、1日でも1時間でも幸せに過ごすことができるようにとお世話してきました」
2007年、宋さんは日本政府から勲章を受けた。最初は「私には、まだ早すぎる」と辞退した。その話を聞いたおばあさんたちから、「私たちは何もできないので、せめて日本の勲章をもらってください。私たちの感謝の気持ちです。ぜひその姿を見たい」と言われ、考え直したと書かれていた。
著書「慶州ナザレ園」の中で、創設者故金龍成さんについて次のことが書かれていた。金さんの父親は植民地時代、抗日の志士として日本国官憲に命を奪われている。金さんにとって、日本はいわば親の仇のはずである。にもかかわらず、なぜ先んじて日本人妻を救うのかと問われて、金さんは次のように語っている。
「戦前に、“朝鮮人”といわれた韓国人の夫とともにこの国に渡ってきてくれた妻たちは、我々と同じ差別を経験した人たちです。何もせず、じっとしていれば優位にあったものを、親から勘当され、世間からは白い目で見られながらも、はるばる海を超えて、被差別側にまわってきてくれた人たちです。この“愛の勝利者”を、どうして私たちがないがしろにできましょう。
日本人妻の中には、独立直後の韓国の反日思想に身をちぢめた挙句、あらゆる苦しみを受けた人も少なくありません。歴史の歯車の中で、二重の差別を受けたことになります。
いずれにしてもあの時代に一等国といわれた国から、被差別側に身を寄せてきた妻たちを、今ここでいい加減に扱うようなことがあれば、我々の体面がすたります。私としては、せめてこの妻たち一代だけでも責任をもって、手厚くもてなすべきだと考えているのです。
国籍と言うものは微妙なもので、どんなにこの土地で長く暮らしても、日本人が韓国人になる事はあり得ず、またその逆もないと私は思います。人が人を差別するのはもちろんのこと、国が国を差別するということがどれほどひどいものか、知りつくしているからこそ、私たちは、狐老の日本人妻たちに安らぎの場を与えたいのです」と語っている。
国籍が違う人であるから、韓国人としての面目をかけて、対面をかけてもてなしたいという。それができなければ韓国人としての面目がすたるという。差別は良くないと誰でもいうが、金龍成さんのような覚悟を持った人はどのくらい日本人にいるだろうかと思った。金龍成さんから差別について教えていただいた気持ちになった。