
「ある裁判の戦記」を読み終えて、「スラップ訴訟」と「差別に甘い日本」について再認識した。
今回の裁判について、山崎雅弘氏はこの裁判はスラップ訴訟であると判断して、意地でも裁判を受けて立つことにしたと語っていた。スラップ訴訟というのは、資金力のある組織や個人が批判や反対意見を封じるために行う高額訴訟及びそのような訴訟を起こすことで、相手や第三者を恫喝し、萎縮させて批判を封じることである。
裁判に訴えられた場合、その裁判に勝っても負けても裁判費用がかかる。この裁判で、仮に裁判に負けた場合、慰謝料5百万円を要求されているのでそれを含めると、約1千万円近くの費用がかかることになる。このように裁判では多額の費用が必要になることを考えると、一般人は裁判に訴えられると怯んでしまうことも多い。幸い今回は、竹田氏と山崎氏の意見の衝突を知った人たちによって、山崎氏を支援する会ができ、募金活動がなされ、すぐに1千万円以上の裁判費用が集まったと書かれていた。今回の裁判について、山崎氏は多くの方の支援を受けて金銭的な心配は免れたことは良かったと思った。本来は、お互い言論人であるのだから、裁判に依存するのではなく、言論の場でお互いが意見を述べ合うべきであったのに、それをしないで、資金力のある人が資金力のない人を相手に裁判に持ち込むのは、明らかに言論封じのスラップ裁判である。世界各国ではスラップ裁判は禁止されているようだが、日本は野放し状態であるようだ。日本はそういう意味でずいぶん遅れているのだと思った。
もう一つは、なぜ日本社会は差別についてこれほど甘いのかということである。
この裁判において、山崎氏は、竹田氏が過去に行った発言や叙述内容などをもとに、竹田氏は人権侵害常習犯の差別主義者であると批判したが、裁判では、その批判は名誉毀損にあたらないと山崎氏の主張が全面的に認められた。
テレビ放送は公共の電波と言われている。その公共の電波であるテレビ放送に、以前から、竹田氏は有名人として裁判中も、裁判終結後もテレビ番組出演(大阪読売テレビ系、そこまで言って委員会)を続けている。竹田氏はテレビに頻繁に登場する有名人である。有名人である竹田氏の過去の言動を差別的であると認めた判決は、公益に関わる問題であるはずにもかかわらず、日本の主要メディアはこの裁判の判決を一切報道しなかった。裁判の結果を伝えたのは、東京新聞と時事通信社など一部であった。テレビに出ている有名人の言動が裁判で、差別的で不適切であると指摘されていることを報道しないことは、日本の報道機関(テレビ、新聞)は差別に甘いと思った。差別に甘いことは、公益に反すると思う。
差別については、報道機関だけでなく、日本の企業においても同様であるとこの著書の中で指摘されていた。
2020年にテニス界のスターである大坂なおみ選手は人種差別反対運動への賛同と差別反対のメッセージを発信し、全米オープンテニス大会では黒いマスクを付けて入場し人種差別反対の行動を示した。
これらの行動に対し、彼女のスポンサーであるナイキやマスターカードなどの外国企業は、差別反対に賛同するメッセージを公表した。マスターカードは、「連帯する。人種差別に立ち向かい、すべての人への平等な機会を促進する」と言う人種差別反対運動に寄せた共感と応援のメッセージをCEOと社長の名前で発信した。しかし、彼女の日本のスポンサー企業のほとんどは、冷淡な態度であった。
ネット企業による調査によると彼女の日本のスポンサー企業14社に質問し7社から回答を得た。その中で、大坂選手の人種差別反対と言う行動を称賛したのは、日本企業ではスポーツ用品メーカーのヨネックス社1社だけであった。「大坂なおみ選手の人種差別や暴力に抗議するメッセージの発信や内容についてどう思いますか」という質問については、「大坂なおみ選手個人の言動に関しましては、コメントする立場にございませんので、コメントは差し控えさせていただきます」「あくまでも弊社はスポーツ大会を放送するだけで、見解は特にございません」「弊社としては引き続き大阪選手を応援していくとともに、世界中で活躍できる環境づくりをサポートしてまいります」と差別に直接的に言及しないコメントが多く寄せられた。
反面、企業サイドからの意見として「黒人代表としてリーダーシップをとって人間的にも素晴らしい行為だとは思うが、それで企業のブランド価値が上がるかといえば別問題。特に影響があるわけではないが、手放しでは喜べない」「人種差別の問題と本業のテニスを一緒にするのは違うのではないだろうか」という意見も見られた。
一方、同じ記事について、米国企業のコメントは「米国内では、人種差別に抗議するのか、どちらのスタンスに立つのか発信しない方がリスクが高い。何も言わなければ「人種差別を容認している」ととられることもある」と言う意見が多く寄せられていて、日本の企業とは正反対であったと書かれていた。根本的な違いがあるようだ。
「差別は良くない」と日本では誰でも思っているし、誰でも同じことを言う。しかし、日本の企業は、差別問題について意見表明しない企業が多いようだ。差別に対する対応が外国と日本では大きな違いがあると思った。日本の多くの報道機関や日本の多くの企業は差別についてのスタンスが明確でない。何も言わなければ容認していることと同じということを認識してもらいたいと思う。