ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

句会に参加 その13

 句会に参加した。今回の兼題は金亀子(こがねむし)であった。金亀子(こがねむし)は夏の季語で、金亀虫、黄金虫(こがねむし)、ぶんぶん、かなぶんも同じ意味である。

 句会の初めに、先生から次のような話があった。「誰でも同じだと思いますが、句会で他の人から自作を選んでもらうのは嬉しいし、逆に、選んでいただけなかったらがっかりするでしょう。選んでいただいた方の数が多ければ満足度が高くなるし、選んでいただく数が少ないとがっかりすることもあると思います。俳句の初期においては選んでいただく数だけが重要になりますが、それが、句会を何度も経験していくと、今度は選んでいただく数も重要ですが、それ以上に、誰が選んでくれたかに関心が移っていきます。多くの方に選んでいただいたが、肝心な方に選ばれなかったらがっかりするし、逆に、多くの方に選んでもらえなかったが、肝心の方に選んでもらえたから嬉しいということに変わってくることがあります。これが自然の流れです。俳句を進めていくとそのような流れがあることを理解しておいてください」という話であった。私はまだ、そこまでのレベルには到達していないが、先生がおっしゃっている意味はよくわかる。熟練者の方が選ぶ俳句と私が選ぶ俳句はほとんど一致しないということを実感している。説明を受けると納得できるが、説明されないとその良さを理解できないから、私の俳句のレベルは明らかに低いということを実感する。だから、いい句も作れないし、いい句も選句できないのだろう。先生のお話は、上達するにはそれなりの経過が必要ということをおっしゃったのだと思った。今はこのレベルでも、諦めずに一歩一歩、歩んでいきたいと思う。

私は今回の句会には次の3句を投稿した。
①かなぶんの激し動きに話し止む
②洋楽の流れる運河夏の朝
③待合の夏炉あくびを噛み殺す

①かなぶんの激し動きに話し止む については一人の方に選句していただいた。先生から、この句の「激し動きに」という日本語がサザンオールスターズみたいな日本語の使い方であまり感心しない。正しい日本語という点からサザン風な日本語は勧められない。激し動きを使わないで作りましょうと、かなぶんの動き話しの腰を折り、に訂正していただいた。

②洋楽の流れる運河夏の朝 この句についてはお二人の方に選句していただいた。この運河はパナマ運河だろうかスエズ運河だろうかなどと質問を受けたが、これはハウステンボス園内の運河である。ハウステンボス園内には運河が造られており、その運河沿いを散歩した時のことを句にしたものである。早朝の園内はショパンの子犬のワルツなどのクラッシックが流されていた。先生からは洋楽ではなく音楽家の名前をそのまま入れて作った方が良いといわれたので、次のように訂正した。 シューマンの流れる運河夏の朝   

③待合の夏炉あくびを噛み殺す この句については3人の方に選句していただいた。この句の季語は夏炉(なつろ、かろ)である。この句は病院の待合室にある暖炉が夏で使われないまま放置されている様子を詠んだ句であるが、夏炉が暇を持て余している様子を明確にするために夏炉(かろ)と読んで 待合の夏炉(かろ)はあくびを噛み殺し の方がいいでしょうと訂正していただいた。

 三句の中で自信作はどれかと問われたら、①かなぶんの激し動きに話し止む と自分で思っていた。しかし、句会では1票しかいただけず、関心を持たれることは全くなかった。自信作が注目されなかった理由は平凡すぎることであった。

 黄亀虫が激しい動きをすることは当たり前で、それをそのまま読んでも平凡すぎて共感を呼ばないようだ。黄亀虫の激しい動きを読むだけでは、あまりにも予定調和すぎるのだと思った。
 また、先生は「俳句は、その作品が想像力を呼び起こす力があるかで評価されます」とも言っていた。俳句は予定調和を避け、斬新さをいかに盛り込むかが一つのポイントであるということが強調された句会であった。今回の学びを活かしたいと思う。