ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

「シミュレーション~昭和16年夏の敗戦」を見た

 NHKスペシャルドラマ「シミュレーション~昭和16年夏の敗戦」を見た。この作品は猪瀬直樹氏の「昭和16年夏の敗戦」を原案に、主人公・宇治田洋一(うじた よういち)(研究員)役に池松壮亮を迎え、日本映画界の旗手・石井裕也監督が初めて戦争ドラマに挑んだ、戦後80年企画で作られたNHKのテレビドラマである。私は猪瀬直樹氏の著作は昔、読んだことがあったが、テレビではどのように描かれているのか興味が湧き見ることにした。
あらすじは次のように書かれていた
昭和16年4月。平均年齢33歳の、35人の若きトップエリートたちが緊急招集された。軍人・官僚・民間企業から選抜された彼らは、将来の日本のリーダーとなるべき人材を養成する目的で新設された総理大臣の直轄機関『総力戦研究所』に参加することになった。『総力戦研究所』の目的は、軍事・外交・経済などの各種データを基に、日米が開戦した場合の戦局を正確に予測し、そのシミュレーション結果を近衛文麿首相、東條英機陸相をはじめとする《本物の内閣》の面々を前に報告することだった。
 当初、国や軍部の真意が分からず戸惑う宇治田らエリートたち。もしシミュレーションの結果が上層部の意に沿わないものだった場合、自分たちの身にも害が及ぶのではないかなど、宇治田や仲間たちはそれぞれが家族を抱える中、緊張にさらされ続ける。それでも、通常は国家機密である日本の国力を測るためのさまざまなデータにアクセスを許されるなど、宇治田たちはある種の興奮の中で、日米戦開戦後の戦局を占っていく。かんかんがくがくの議論の末に《模擬内閣》の若き閣僚たちが導き出した最終結論は、『もしアメリカと戦えば、日本は必ず負ける』というあまりにも厳しい未来予測だった。エリートたちの理性は告げる。『この戦争は止めなければならない』とー。
シミュレーション結果を《本物の内閣》に報告する日が来た。《模擬内閣》の若者たちは、勇気を振り絞ってシミュレーションが導き出した〝現実〟を国の指導者たちに克明に報告していく。果たして、東條英機らの反応はー。そしてその後、宇治田たちが目の当たりにする“残酷な結末”とはー」と書かれていた。ドラマのあらすじは原作とほとんど変わらないものだった。

 「シミュレーション~昭和16年夏の敗戦」はテレビドラマとして作られているが、総理大臣の直轄機関である「総力戦研究所」に若きエリートが集められ、日米開戦した場合の戦局シミュレーションの研究が行われたのは事実である。このドラマは史実を基に作られたドラマである。

 総力戦研究所に、1941年4月に入所した35名の研究生に対し、7月に日米戦争を想定した総力戦机上演習計画が課題として与えられ、同時に研究生35名による模擬内閣も組織された。模擬内閣閣僚となった研究生たちは、2ヶ月間集中して、研究所側から出される想定情況と課題に応じて軍事、外交、経済の各局面での具体的な事項である兵器増産の見通しや食料・燃料の自給度や運送経路、同盟国との連携等あらゆる分野について、各種データを基に分析し、日米戦争の展開を研究予測した。
 その結果は、「開戦後、緒戦の勝利は見込まれるが、その後の推移は長期戦必死であり、その負担に日本の国力は耐えられない。戦争終末期にはソ連の参戦もあり、敗北は避けられない。ゆえに、戦争は不可能」という「日本必敗」の結論を導き出した。そして、これは、現実の日米戦争における戦局推移とほぼ合致するものであった。

 「日本必敗」の結果を導き出した若きエリートたちの多くは、当初は、こんな結果は発表できないと考えていた。模擬内閣の我々がこれを発表しても、本物の内閣が認めなければ何も変わらない。我々のやっていることは、どうせ子供がやる戦争ごっこであると考えて「日本必敗」の発表を躊躇うムードもあった。

 しかし、報告発表の日が迫る中、35名の研究生は真実を発表しようと腹を決める。模擬内閣の総理大臣を務めていた宇治田は叫ぶ。「日米戦えば、必ず日本が負ける。日米開戦は日本必敗で日本は壊滅する。私たちは戦争ごっこをしているのではない。戦争ごっこをしているのは日本の権力者だ。何としてもこの戦争は止めなければ」

若きエリートの提言を無視して、当時の権力者は暴走した。本当に馬鹿としか言いようがない。二度とこのような過ちを繰り返さないようにしなければと思うばかりである。