ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

「ルポ 司法崩壊」を読む その1

「日本の司法は信頼に値するのだろうか?」という疑問をいつからか持つようになった。それは疑問であって明確な証拠があっていうのではないが、最高裁において、国策事案についての裁判は、政府の主張に沿った判決が多く見られることから疑問がさらに深くなっていた。そういう折、「ルポ 司法崩壊」の存在を知った。カバーの裏には、「公平らしさを失った最高裁へーーー電力会社など大企業に有利な判決を書いた裁判官たちが、退任後、大企業の顧問を務める巨大法律事務所に再就職していく。いつの間にか出来上がっていた腐敗のシステム。国策には従順、市民には冷酷な司法エリートたちの実態。本格ルポルタージュ」と書かれていた。

 私は、最高裁の裁判官である最高裁判事は、裁判官出身者から選出されるものと思っていた。ところが、実際はそうではない。最高裁判事は15人という枠がある。最高裁判事15人の出身構成は、裁判官枠6人、弁護士枠4人、検事枠2人、行政官枠2人、学者枠1人と言う体制が慣例として長く続いていて、それぞれの枠について欠員がでたら、その都度その枠内から選出されて就任するようだ。
 例えば、弁護士枠に欠員が出た場合、従来は日弁連が全国の弁護士会の推薦を受けた候補者を最高裁に推薦し、最高裁で吟味して決定し、それを内閣が承認するという形で行われていた。その結果、最高裁判事は企業法務の専門家から人権派弁護士、個人事務所出身の弁護士まで幅広い立場の弁護士が選ばれていた。それが、安倍政権になって、最高裁判事の指名権を奪ってしまい、日本学術会議の新任会員の任命と同じ問題が起こっている。その結果、安倍政権に都合のいい最高裁判事が誕生するようになった。

 日本には5大法律事務所がある。5大法律事務所というのは全て500人以上の弁護士を抱えている巨大法律事務所である。5大法律事務所は日本の大企業である上場企業と契約をして企業法務を担当している。そして、安倍政権以来、5大法律事務所出身者が弁護士枠の最高裁判事に就任することが多くなっている。

 そういう状況の中、一つの裁判が問題なった。東京電力福島第一原発事故で全国各地に避難した人々が、東電や国に対して原発事故の責任を認めることと損害賠償の支払いを求めて全国的に訴訟を起こしている。2023年、そのうち愛知県岐阜県に避難していた7世帯20人が争っている裁判において、名古屋高裁の判決は東京電力の責任を認め、損害賠償の支払いを命じた。しかし、国の責任は認めなかった。これに対し、原告と被告の東京電力・国はともに最高裁に上告した。
 そして、この事案は、最高裁第一小法廷で審理されることになった。東京電力側の弁護人は5大法律事務所の1つであるTMI 法律事務所所属の弁護人が務めた。そして、最高裁第一小法廷の最高裁判事は、TMI法律事務所出身の弁護士であった。
つまり、裁判の一方の当事者である東京電力代理人と判決を行う判事が、同じ法律事務所の関係者となってしまったのである。この件について、原告弁護団は、裁判の公正を妨げる恐れがあるとして、最高裁判事自らが審理から身を引くこと(回避)を求めて上申した。しかし2025年3月時点で回避の対応はなされていない。

 また、次のような事例も起こっている。裁判官は純粋に裁判業務に従事するだけでなく、裁判官が法務省に出向して「訟務検事」となることがある。「訟務」とは、国民から国が訴えられた場合、裁判で国の代理人を務めることである。「訟務」の役割を担う人のことを「訟務検事」と呼び裁判官が国の当事者として裁判に望むことも多い。
 2013年、政府は生活保護費を平均6.5%、最大10%引き下げることを決め実行した。これに対し、全国1000人を超える生活保護受給者が生活保護費引き下げの取り消しを求める訴訟を全国29の地方裁判所に提訴した。いわゆる「いのちのとりで」裁判と名付けられた集団訴訟が起こった。その「いのちのとりで」裁判の埼玉訴訟において、当初、国の代理人を務めていたのは庶務検事である裁判官A氏であった。その後、A氏は異動で裁判所に復帰し、「いのちのとりで」裁判に裁判官として復帰した。
つまり、「いのちのとりで」裁判で国側の主張を構成していた人が、中立のアンパイヤとして裁判をしてしまうと言う事態になった。(この件について、裁判官が不公平裁判をする恐れがあると言う忌避申し立てが例外的に認められ裁判官の交代が行われた)
このようなことは、原発訴訟とか安保法制訴訟とか国を相手にした国賠訴訟では常にあり得る問題であると指摘されている。特に、最高裁判事において政権の意向を組んだ裁判官が誕生していることは問題であると指摘されている。

日本は三権分立の国であると習ってきた。そして、それは正しく運用されていると思っていた。しかし、この著書には、司法が権力によって取り込まれ操られているという事例が様々記されていた。司法が権力に取り込まれては三権分立は成立しない。これは国家の根幹に関わる重要課題である。最高裁判所裁判官国民審査衆議院選挙時に行われるが、私は、今までこの国民審査について無関心であったが、これからは最高裁判所裁判官の動向に注目し、裁判官国民審査には厳しい目をもって臨みたいと思った。