ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

「アンダークラスの憂鬱」を読む

内田樹氏の「アンダークラスの憂鬱」というタイトルの時事評論を雑誌で読んだ。
アンダークラス」とは、英国では、就業せずに生活保護を受けて生活している人たちを呼ぶようだ。アンダークラスから生まれた子供については,エモーショナル インテリジェンスの発達が大幅に遅れている子が多かったと報告されている。アンダークラスの子供たちが多い地域では、「凶暴な子や極端に人を恐れる子供など、他者とのコミュニケーションができない子供」「他者の感情を理解したり、自分の感情を伝えることが苦手な子供」が多いと言われている。そんな感情生活が安定していない子供に教科を詰め込もうとしても無理が生じ、教育の遅れが指摘されている。
 事態をさらに悪くしているのは、底辺の人たち同士に連帯感がないことである。イギリスに入国した移民の人たちは、新天地で英語を身に付け、職を得て、子供を良い学校に通わせたいと言う向上心がある。彼らには「自分たちの出身国よりも、何倍も恵まれた環境に生きているように見えるのに、何の向上心もなく、あたら人生を無駄にしているように見えるアンダークラスのイギリス人たちのことが全く理解できない」
 アンダークラスが生まれたのは、英国の緊縮財政の結果である。「緊縮には経済的効果より、人民をおとなしくさせる政治的効果の方があるのではないかと言われている。それは人民を分散し、孤独にさせ、意気消沈させるからである」
 日本にもアンダークラスが生まれつつある。ただし、定義は、イギリスのそれとは違う。早稲田大学橋本健二教授は、現代日本社会を5階級に分類し、パート主婦以外の非正規労働者を「アンダークラス」と命名している。日本における「アンダークラス」は890万人で全就業人口の13.9%に達する。アンダークラスの平均年収は216万円で、男性未婚率は74.5%に達する。彼らには配偶者を得て、子供を育てるだけの再生産力が確保されていない。アンダークラスの増大が人口減少と相関している事は誰にでもわかることである。

 アンダークラスの人たちはどのような政治的志向を持つか。これについて、かつてエーリッヒ・フロムは著書「悪について」の中で、次のように説明している。
 「経済的、文化的に恵まれず、状況を変えるような現実的な望みも持てない人々に、満足をもたらしてくれるものは1つしかない。それは自分たちは世界で最も賞賛されるべき集団であり、劣等とされた別の民族集団より優秀であると言う肥大化した自己イメージである」「経済的、文化的に貧しい人々にとっては、その集団に属しているというナルシシスティックなプライドだけが満足の源となる」
 フロムはナチス時代のドイツを念頭にそう書いているのだけれど、これは今の日本にもそのまま当てはまる。底辺に制度的に釘付けにされたアンダークラスの人々が、なぜ夜郎自大ナショナリズムや外国人排斥に熱狂するのか、それをフロムはごく明快に説明してくれている。
 高市政権は、「自分たちは別の民族集団より優秀である」と言う愛国的プロパガンダと、国民を一層窮乏化させる政策を同時に行っている。これは確かに「合理的」なのである。市民は貧しく無権利になればなるほど、自己愛の対象を民族や国家に転移するようになる。まさにその通りのことが今日本では起きていると書かれていた。

 高市首相の外国人の鹿虐待の話題作りや、参政党の日本人ファーストというキャンペーンには、他民族への差別と同時に、日本民族への誇りを誇示する狙いがあったようだ。外国人差別になぜこれほど多くの人が熱狂するのかと不思議に思っていたが、アンダークラス日本民族の誇りの確認であったとすると納得できる。アンダークラスの選挙に行かない人を選挙に行かせるための狙いがあったと考えると理解できる。非正規労働という労働法改悪の政策を進めて、多くのアンダークラスを産む政策を実行してきたのは自民党である。日本維新の会も参政党も自民党と政策が似通っている。それらの政党を支持することは、さらに自らの首が絞まることにならないかと心配する。よく考えて行動されることを勧めたい。