
私は右翼ではない。でも、鈴木邦男さんは私の好きな右翼活動家である。鈴木邦男さんは大学時代に精鋭な右翼活動を始めて以来、2023年1月に79歳でお亡くなりになるまで政治活動家として右翼活動を続けてこられた方である。長年、政治活動をしていくなかで、左右を弁別せずという姿勢で左翼、アナキストとも交流し、反対陣営であっても学べること、共闘できることを模索していき、2008年頃には、今の自分は「右翼度30%、左翼度70%で四捨五入したら左翼」と述べていた方である。
私は鈴木邦男さんをネット番組でよく拝見していたが、著書は読んだことはなかった。たまたま今回、「鈴木邦男の愛国問答」を入手したので読むことにした。右翼でありながら優しい語り口で楽しく読むことができた。また共感するものがたくさんあった。その一部を記す。
叙勲制度について
鈴木 : 私は叙勲制度には反対だ。それに文化勲章や国民栄誉賞にも反対だ。こんなものはいらない。大体、過当競争のこの社会において、成功者はそれだけで賞賛を受け勲章を受けているようなものだ。オリンピックで優勝した、ノーベル賞をもらった、芸術家として世界に認められた、それに対し、さらに国家が追認して称える必要は無い。ましてや、政治家や裁判官や各省の役人が何十年間勤めたからといって、勲章を上げることもおかしいと思う。だから、制度そのものを廃止したらいい。
自由主義、過当競争社会の成功者だけを称賛するなんて、天皇陛下も疑問に思っているのではないだろうか。国内で地震などの災害があると駆けつけて、膝をついて語りかけ励ます。そこに天皇の姿を見て、僕らは涙くむ。弱い人、恵まれない人々を励ますために天皇制はある。また、それらの人々を具体的に救うために国家はある。
強いもの成功したものは放っておけば良い。弱いもの、傷ついた者を救うのが国家の役目だ。だから、国家本来の仕事に専念してもらいたい。
靖国参拝で感じたことについて(2015年)
鈴木 : 8月15日、靖国神社に行った。靖国神社に行く途中の道路には、右派プロパガンダの出店がずっと並んでいた。「日本を否定する朝日新聞を廃刊に追い込みましょう」「大嘘の南京大虐殺の書かれていない、正しい教科書が生まれました。支援しましょう」などの幟や幕が立ち並び、靖国神社に来る人は、当然これを買うべきだ署名すべきだという威圧感を放っている。そして、「安保法制賛成!」と書かれた垂れ幕もある。でも、「東京裁判は認められない」「日本は正義の戦争をしたのだ」「悪いのは、アメリカだ!」という垂れ幕もある。右翼は言う。「日本は平和的な国家で、戦争などする気がなかったのに、ルーズベルトが、巧妙に日本を戦争に誘い込んだんだ。ルーズベルトの謀略にはまって、日本は真珠湾を攻撃をした」と信じている保守派の人間や右派の人は今もいる。「東京裁判は、勝った国が負けた国をさばいているので、公平なものではないし認められない。日本を戦争に引きずり込み原爆を落として、民間人を大量虐殺したアメリカこそが戦争犯罪人だ。謀略によって日本を戦争に引きずり込み、さらに日本弱体化のために押し付けたのが日本国憲法だ。こんなものはアメリカに叩き返し、自主憲法を作りべきだ」というのが彼らの理論である。
私は右翼であるが、その「謀略論」にはとてもついていけない。しかしアメリカからの自立には賛成である。しかし、日本の右派勢力は自立を主張しながらも、安倍政権の安保法制には諸手を挙げて賛成する。これは奇妙な話だ。アメリカの言う通りに自衛隊を海外に出し、アメリカの侵略戦争の手助けをする。これではアメリカの傭兵になってしまう。
安倍首相70年談話について(2015年)
鈴木 : 戦後70年に関する安倍談話が発表された。今までの談話にさらに「安倍カラー」を加えて作ったと言う。村山談話、河野談話があるのに、さらに何を付け加えるのだろうと思っていたら、「謝罪を次の世代に背負わせぬ」と加えられていた。これは世界に向かって言うべきことなのだろうかと思った。村山談話、河野談話などで、散々謝ってきた。だから、もういいだろう。いつまで謝る必要があるんだと居直っているようだ。こうして堂々と言うと、変に誤解されてしまう。日本人のプライド、自分のプライドを示したつもりだろうが、これはどうなのか、弁解や説明をしないで、もっとはっきりと反省し謝罪すべきではないかと思った。
安倍談話が発表された翌日、戦没者追悼式が行われ、天皇陛下がお言葉を述べられた。そこには、「ここに過去を顧み、先の大戦に対する深い反省とともに、今後、戦争の惨禍が再び繰り返されぬことを切に願い」と述べられていた。「先の大戦に対する深い反省」との文言が、天皇陛下のお言葉に盛り込まれたのは初めてであった。「もう謝罪はいいだろう。打ち止めだ。そして憲法改正だ」と突き進む安倍政権。それに不安を持つ天皇陛下。そんな構図がまたも見えたような気がした
この本を読みながら、共感できることがたくさんあった。私も安倍談話の「謝罪を次の世代に背負わせぬ」という発言に違和感を持った。それに対する認識は鈴木さんと完全に一致する。天皇陛下が「先の大戦に対する深い反省」という文言を付け加えられたのも同じ気持ちだと思う。謝罪に区切りをつける発言は加害者側がする発言ではない。それでは謝罪の気持ちは届かない。これは人間の常識の問題である。謝罪の件について、右翼は中国、韓国によく言ったと安倍談話を高く評価しているが、右翼である鈴木さんは、この件について異を唱えている。まともな判断ができる右翼だから鈴木さんは右翼だけでなく左右に広く幅広い人脈を築くことができるのだと思う。鈴木さんは亡くなってしまったが、今年は鈴木さんの本を楽しもうと思う。