雑誌で、内田樹氏の「トランプと習近平」というタイトルの寄稿文を読んだ。思想家の立場で世界を鳥瞰した内田氏の見方、考え方が如実に現れている文章であった。漫筆に任せて書きたい放題のことを書かせていただいたと記されていたが、私にとって大変示唆に富む内容であった。その要約を以下に記す
「年が明けて、いきなり米国によるベネズエラ大統領夫妻の拉致という事件が起きた。事件発生直後、元民主党のバーニー・サンダース上院議員が、事件発生直後に、『この軍事行動は違法、違憲である。また、この行動は国際法を無視している。大国が弱小国を侵略し、天然資源を奪うのは剥き出しの帝国主義・植民地主義である。アメリカは、国内にシリアスな経済問題を抱えている。腐敗した非民主的な他国政府を転覆することより、アメリカ国民の救済こそ優先するべきである』という声明を発表した。サンダースの発言は正論であるが、トランプは歯牙にもかけない。
逆に、マイク・ジョンソン下院議長は『我々は戦争状態にはない。ベネズエラに米軍は駐留しておらず、同国を占領しているわけでもない。大統領は、米国への脅威に対処し、米国法を執行するために軍隊を派遣する権限がある。これは軍事行動ではなく、アメリカの国内法を執行したものであると』強弁した。アメリカの国内法が国外でも執行できる理由の説明は一切ないし、必要とも思っていないようだ。
グリーンランドの領有についても同じである。大統領次席補佐官スティーブン・ミラーは『グリーンランドは正当に米国に属しており、トランプ大統領が望めば、この半自治領デンマーク領を奪取できる』『グリーンランドの将来をめぐって米国と軍事的に戦う国はどこにもない。我々は現実世界に生きている。それは力によって支配され、武力によって支配され、権力によって支配される世界だ。これは太古の昔から続く世界の鉄則だ』と述べた。
また、ヘグセス戦争省長官はアメリカの将軍、提督たちを集め、次のように言った『我々は守るだけでなく、攻めに出る。手ぬるい合法性ではなく、最大の殺傷力を持って。政治的な正しさではなく、暴力的な効果を目指す』と。
今や、アメリカはことの善悪良否など関係ない。『アメリカは強い、だから正しいという考えで、論理的に説明する必要はないと思っているようだ。
アメリカの力の支配を掣肘するものはあるだろうか。アメリカ相手にことの理非を解いても時間の無駄だという事はよくわかった。アメリカの暴走を制御しうるのはアメリカに拮抗する力だけである。そしてそれができるのは今のところ中国しかない。
中国は、ベネズエラの出来事について、『アメリカが主権国家に対して、公然と武力を行使し、国家主権を侵害し、大統領拉致に及んだことに深い衝撃を受け、強く非難する』と述べた。その中で『これは国際法に違反し、ラテンアメリカ、カリブ海地域の平和と安全を脅かすことであり、アメリカは、国際法及び国連憲章の目的と原則を遵守し、他国の主権と安全を侵害する行為を停止すること』を強く求めた。
この声明文は中国が意見を発表したというだけのことではない。中国はこのステートメントによって、アメリカが放棄した『グローバル・リーダーシップ』を受け継ぐ可能性を示唆したということである。
『グローバル・リーダーシップ』とは、単なる軍事力・経済力の事ではない。それはあるべき国際秩序について実現可能性の高い提言をなし、かつそれを実行する力のことである。重要なのは『あるべき国際秩序』は単にリアリスティックであるというだけでなく、論理性と道義性を備えたビジョンでなければならないということである。
アメリカ、これまで論理性と道義性において、中国やロシアをかろうじて凌駕していた。しかし、トランプのせいでそのアドバンテージは失われた。以後、アメリカは他国に対して論理性や道義性を要求することができない。アメリカは『世界最強のならず者国家』になるという選択をしたからである。
アメリカが『世界に対して指南力を発揮する』と言う責任を放棄した今、ロシアにもEUにもインドにももちろん日本にもそのような責任を引き受ける力はない。引き受けられるのは中国だけである。果たして習近平はアメリカが投げ捨てたリーダーシップを引き受けるか。私は可能性は高いと思う」と書かれていた。
現在の国際社会において、われわれは「グローバル・リーダーシップ」を必要としている。今までは「グローバル・リーダーシップ」をアメリカが引き受けてくれていた。しかし、そのアメリカが「世界最強のならず者国家」に転落した。今までは、日本は下駄の雪のようにアメリカについていけば、それで良いと思ってやってきた。しかし、これからはそれは通用しないということである。戦後80年間、日本はアメリカしか見てこなかったが、世界を鳥瞰できる政治家を育てなければいけないといよいよ痛感する。