ノンフィクション作家の保坂正康氏による「戦後を解体した選挙、歴史を踏まえぬ政権に危惧」というタイトルの評論を新聞紙上で拝見した。その一部を記す。
「第二次高市早苗内閣が発足して約1ヵ月が経つが、この間に国際情勢は様がわりした。米国とイスラエルによるイランへの攻撃は、イランの反撃や周辺諸国を巻き込んでの「戦争状態」となっている。イランの最高指導者ハメネイ師殺害に至っては、国際社会のルールを無視しているとも思える。ロシアのウクライナ侵攻は、4年を超えたが、停戦の動きは見えてこない。まさに「戦争の時代」と言わざるを得ない。
こういう情勢は、むろん高市政権によって引き起こされたわけではない。しかし、トランプ大統領の、最も忠実な同盟者の1人が高市首相であることは間違いない。
昨年10月のトランプ氏との会談時、喜びを全身で表し、はしゃいでいた首相の姿が、今は戦争への接近と表裏一体に見える。日本初の女性首相が率いる内閣が最も戦争に近づきかねないと、私には思えてならないのである。
私は、戦後社会にあって、戦争や日本ファシズムの実態の聞き書きを進め、証言を数多く集めてきた。50年近くで延べ4000人の戦争・戦場体験者の話に耳を傾けてきた。戦場体験者は、戦後の思想体験や政治的傾向に関わらず、必ず「あんな体験は次世代に決して味合わせたくない。二度と戦争を起こしてはいけない」と漏らしていた。20年ほど前においては、自民党の有力政治家が戦場体験を話しているうちに涙を流し、そして「我々の目の黒いうちは、憲法に手をつけさせない。改正するというのなら、前向きの形にすべきだ」と吐露した。自民党の右派に見える衆院議員が、憲法改正は戦争の大いなる反省の上でのこと、と述べていたのも印象的であった。そういう意見や思いは数限りなく聞いてきた。財界人、文化人、さらに庶民らの本音は、戦争にまつわるこの国の大事な遺産であった。その遺産によって平和が保たれてきた。
しかし、高市首相や指示する右派の基盤には、戦争を二度と起こさないという戦争にまつわるこの国の大事な遺産が見えない。それがない。憲法改正について、歴史を踏まえて発言していない。排外主義の応酬がどのような結果を招くか、史実を詳細に見ていない。
総選挙時に街頭演説に耳を傾けて、戦争体験の真の怖さが伝承されていないことに愕然としたことも再三ある。高市首相は「スパイ防止法」に意欲を示すが、その意味を根本から考えているとは到底思えない。(中略)
トランプ氏と高市氏の合作による「物語」は、日本社会がこれまで培った「歴史」を解体し、軍事を肯定する装いになるのだろうか。「戦争の時代」に国策を変えるのではと深く危惧せざるを得ない」と書かれていた。
自民党単独で衆議院の3分の2超の議席を獲得したいま、高市政権は敵なしである。平和主義日本は、多くの先人の願いを元に引き継がれてきたことである。平和主義日本がどのようにして引き継がれてきたかの研究をライフワークとして取り組んできた保坂氏にとって、第二次高市早苗内閣による平和国家解体の危惧はますます深まるばかりという悲嘆に満ちた訴えであった。
高市早苗首相を支持している人は、国家主義者が多い、排外主義者が多い、自国第一主義者が多いなどと聞く。もちろん、高市首相も国家主義者で排外主義者で自国第一主義者なのかもしれない。たとえ高市首相がどのような主義者であっても、それでも、我が国の憲法の三大原理である「国民主権・平和主義・基本的人権の尊重」は断固守っていただくしかない。私たちは日本国憲法を高く掲げて進むしかない。