内田樹氏のコラム「憲法9条のおかげです」を読んだ。そこには次のように書かれていた。
「日米首脳会談では、憲法9条のおかげで日本はホルムズ海峡に自衛艦を派遣しろというトランプ大統領の要請をかわすことができた。戦争に巻き込まれずに済んだのは9条のおかげである。
でも『日米首脳会談、大成功』と大本営発表を垂れ流すだけのメディアは、そうは報道しないし、もちろん高市早苗首相も『9条のおかげです』とは決して言わない。何しろそれを廃棄する事が彼女の悲願なのだから。
では、どうして『9条のおかげで派兵をまぬかれたこと』を外交的成果として称えながら、その当の9条は『もう時代に合わない』という理由で廃絶することを目指すことができるのか。論理的にはこれは成立しない。論理的に考えれば、これは『9条があるせいで派兵できなかった』ことを高市自身は『外交的失敗』と総括していたということである。
高市自身は渡米して、トランプに『ただちに米軍、イスラエル軍と共に戦うために自衛隊を派兵します』と約束したかったのだと思う。国際的に孤立しているトランプにとってこの『援軍』はどれほどうれしいものだったろう。おそらくトランプは高市を『世界最高の指導者』と持ち上げ、『アメリカを救った英雄』と褒め上げ、高市に名誉勲章くらい授与したかもしれない。
でも、そうならなかった。それは、高市が『でも、9条があるので、すぐには派兵できません』という条件をつけたからだ。
帰国したら、ただち改憲に取り組みますと約束した。トランプは最初はそれを『すぐに自衛隊が駆けつける』ことだと解釈した。だから翌日に『日本が支援に来る』と語り、ウォルツ国連大使も『日本の首相は海軍を出すと約束した』と明言したのである。
でも、その後にホワイトハウスのアナリストが大統領に、日本の政治家が『下及的速やかに』とか『最大限のスピード感を持って』とかいうのは、ふつうは『すぐにはやらない』という意味ですよと耳打ちした。トランプは激怒し、ホワイトハウスのホームページには、高市がトランプに卑屈なほどおもねるところと、まともな英語が話せないところと、真珠湾をギャグにされてもぼんやりしていたところだけを切り抜いて『日米首脳会談』の動画を作成した。『無能で、卑屈な政治家』というイメージを公式に配信したのである。高市が『即時派兵』のようなことを言いながら、実行することを確約できないでいることにトランプはものすごく怒ったのだ。まぁ、トランプはそういう奴である。
あの時もし『即時派兵』をトランプに確約して帰国していたら、日本の民主主義と平和主義はその時終わり、国際社会から『世界最強のならず者国家』アメリカに追随する『せこいならず者国家』と認定されて、ネトウヨたちの悲願であった『大日本帝国の劣化版』が実現したのであろう。
9条のおかげで、日本は救われた。でも、高市は『アメリカの尻について戦争ができる国』を実現する努力を、これからも止めないだろう。当のアメリカ人たちがトランプの始めた戦争にうんざりしているのに」と書かれていた。
内田樹氏のコラムを読みながら日米首脳会談の内幕は、まさにそのとおりであったろうと思う。
私たちは今、高市首相を日本国のリーダーとして選出している。高市首相の真髄は何だろうかを考える。80年前、日本は310万人という戦争犠牲者を出し、敗戦を迎えた。日本の多くの都市は空襲で破壊され、まさに着の身着の儘、食べるものも何もない生活からの再出発であった。そして、二度と戦争をしない国を作ろうと平和憲法を掲げてここまできた。日本国憲法以後、政治家の主たる仕事は二つあるといわれてきた。それは戦争をしないこと。国民を飢えさせないことの二つである。日本の政治家は日本国憲法に従うなら、この二つの実現に邁進しなければならないといわれてきた。しかし、高市首相は、いろんな理由をつけて戦争できる国にしようとする。戦争準備の予算は国民の生活を圧迫し、国民を貧しくしている。高市首相は日本国憲法に従って仕事をしていない。それはなぜなのか?高市首相には政治家の資質が全くないのか、もしくは、あってもそれを忘れ私利私欲のために政治をしているのかのどちらかである。
政治家は選挙によって選出される。とんでもない政治家を選出するのも良い政治家を選出するのも有権者の投票によって決まっていく。日本を戦争に導く高市首相は次回の選挙で落選してほしいと切に思う。しかし、日本の投票率は約50%といわれている中では、高市首相を落選をさせることは難しい。日本の自民党支持者は日本の全有権者の20〜30%くらいいるようだ。20〜30%の自民党が選挙に勝つのは、国民の半数が選挙に行かないからである。国民が選挙に参加しないことが、高市首相始め低レベルの政治家の出現を招いている。
日本を戦争に導く政治家を出現させないために、私たち国民は各自、主権者教育を学び直す必要がある。国民が政治に参加することによってしか、まともな政治家は育てられない。政治を一部の者に任せていると間違いなく劣化していく。高市首相の出現がそれを証明している。