
先日、図書館に本を返しに行った。図書館に来たついでに、何か面白い本はないかなと思いつつ、今日返却された本が並べてある返却コーナーの本を見ていたら、その中に「人間・明石家さんま」があった。
本を取って解説を読むと、次のように書かれていた。
「『おもろないものは、いらん!』人を笑わせることに関しては恐ろしいほどに貪欲で、70歳にして今なお第一線で活躍を続ける明石家さんま。率直な物言いと底抜けに明るい人柄には見る者すべてが引き込まれるが、どこか人間離れしたそのエネルギーの奥底に一体何があるのかーーーー番組プロデューサーとして長年、公私にわたって親交の深い著者が、豊富なエピソードとともに“お笑いモンスター”の人間像に迫る」
明石家さんまさんは私の好きなお笑いタレントである。この本には笑いのエピソードがたくさん含まれているはずだから、間違いなく面白いはずと思った。そればかりか、“お笑いモンスターの人間像”に迫ると書かれている。私はいつも、「明石家さんまさんはどうしてこんなにおもしろいのだろう」と思っていたので、“お笑いモンスターの人間像”に迫れば、その疑問が解けるかもしれないと思って読むことにした。そして、期待通りであった。
「タレントによって、テレビ局の楽屋の使い方は十人十色である。人の出入りをシャットアウトして、少しでも睡眠時間を確保しようという売れっ子も少なくない。でも、明石家さんまの楽屋はちょっと様子が違う。約40年間、そこではいつも独特の光景が広げられている。挨拶に訪れたスタッフや共演者を前に本番さながらのトークショーが繰り広げられるのである。
『おお、A君、その足の包帯どないしたんや。え、打撲?何、お姉ちゃんに階段から?そりゃ災難やったなぁ。でもなぁ。そのぐらいすんだんやったらええで。俺なんかな骨折どころか、心が折れてしまうことがあってな』
『なんやて、息子さんが留年?ええんや、ええんや、人生多少の寄り道は必要やで。留年4回目?寄り道どころやないわ。次のオリンピックが始まってしまうとるやないかい!』
楽屋が笑いに包まれるスタッフたちの笑い声、さらに、さんまのお馴染みの高笑いが、テレビ局の廊下にまで、響き渡る、テレビでお馴染みの状況が、本番さながらの高いテンションで繰り広げられる。さんまは、よく言う。
『オイラの人生は生きている時間は全部、仕事とそのためのトレーニングの場やと思うとんねん』さんまの楽屋は、まさに「仕事=収録」のためのトレーニングの場なのである。
1970年代後半、デビュー当時のさんまは、ステージの上よりもまず楽屋で名を馳せた。彗星の如く現れた若きさんまは臆することなく、読書中の大先輩・笑福亭仁鶴や天才漫才師・横山やすし、桂三枝や中堅・ベテラン・売れっ子・そうでもない芸人達にそれぞれの立ち位置を十分理解した上で縦横無尽に触り放題に触りまくり、楽屋を笑の渦にした。その結果、上下関係なく楽屋で愛され人気者になり、大御所からも可愛がられたと言う。若き島田紳助やオール巨人もその様子に青ざめて「さんまがいる時といない時の楽屋は空気が全く違う。まるで別世界や。俺たちはさんまにはとてもかなわない」と、言わしめたほどの伝説の楽屋仕切りだった。
人前では、普通おおっぴらにしないような恋愛の恥ずかしい話、仲間たちとの内輪の失敗談、どんな子でも包み隠さずネタにした。そういう『雑談芸』ともいうべきものを、初めてエンターテインメントに昇華させたのが明石家さんまである。
さんまは、自らの『雑談芸』についてこう語っている。『うちの師匠が雑談を芸にできたらすごいぞと口癖のようにおっしゃっていて、オレはいつかそれをやってやろうと思い続けていました。内輪ネタも意識的に積極的に扱いました』
さんまの師匠は、笑福亭松之助である。笑福亭松之助にとって、さんまは生涯唯一の弟子である。師匠・松之助は、さんまが人気芸人になってからも、さんまの仕事の事や師匠が感じたことなどを書いて週に1〜2通の手紙を自宅に送っていた。例えば『人間が1億人いれば、1億の考え方がある。・・・・・たから、自分の意見を通そうとすると、そこに争いが起きる』『1つの人生観をもってすすむ。放蕩三昧に暮らすのも盗っ人をするのも、ーつの人生観をもっておれば、これも1つの生き方といえよう。しかるに、立派に世の中を過ごそうとせず、その反対にもなりきれず、何の考えもなしに過ごしているものこそ、本当のクズであり、この世に世のない人間だ』
ある日、松之助師匠はこう語った。『さんまが皆様から人気をいただいているのは、彼がいつも一生懸命にやっているからでしょう。“今、ここ”を真剣に生きているのが好感を得ているのだと私は思っています』
デビュー当時、評論家から『軽薄な芸人』と呼ばれ、事実そう扱われていたさんまは、自らをトレーニングし、師匠の言葉を噛み締めながら、唯一無二の芸人になった」と書かれていた。
この本の中には笑いのエピソードたくさん書かれていたが、さんまさんの笑いの原点は才能に溺れることなく、手を抜かない一生懸命さがあるからおもしろいのだと思った。一流の人はスポーツであろうがお笑いであろうがすべて同じだと思った。