ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

ドキュメンタリー「よみがえる声」を見た

パンフレットに、「よみがえる声」という朴壽南(パクスナン)さんの詩が書かれていた。
「1945年10歳の夏、
天皇を神としてきた私は
日本の敗戦と祖国の解放を同時に迎えました。
私のあるべき場所はどこかーー。
それを探して、
戦後なお隠蔽されてきた歴史の闇に降りていきました。
広島へ、そして沖縄の戦場へーー。
存在を奪われてきたコリアン原爆被爆者、
戦場へ連行された「慰安婦」、
そして、日本軍によって自決を強られた沖縄人。
その「沈黙」を映像に記録し、
奪われた存在を回復させる旅は、
私自身のアイデンティティーを取り戻す旅でありました。
犠牲になった人たちのハン(恨)を
歴史の光の中によみがえらせ、
再び悲劇を繰り返さないために、
私の旅は終わることはありません。

 2026年に91歳を迎える映画作家・朴壽南(パクスナン)と娘の朴麻衣(パクマイ)が共同監督したドキュメンタリー「よみがえる声」は、40年前から朴壽南が取り続けていた16 mmフィルムを基に制作されたものである。そこには、歴史の闇に埋もれながら、なおも響き続ける証言の数々が残されていた。広島や長崎で原爆被害を受けた朝鮮人、長崎の軍艦島に連行された徴用工、沖縄の朝鮮人元軍属、そして日本軍の「慰安婦」にされた女性たちの声なき物語が残されていた。
 時代の波に飲み込まれた記憶や歴史的事実を丹念に掘り起こし、多くの人々が見過ごしてきた真実に光を当てる。それは単なる過去の記録ではなく、私たちが今直面する課題とも深く結びついている」とあった。

 朴壽南(パクスナン)さんは在日2世の朝鮮人である。パクさんが若い時、在日2世の問題として直面した事件が小松川事件であった。1958年8月、東京都立小松川高等学校定時制に通う女子学生太田芳江さん(16歳)が殺害された。逮捕されたのは、当時18歳2ヶ月の日本名金子鎮宇(かねこしずお)こと在日朝鮮人2世・李珍宇(イ・ジヌ)であった。日本名金子鎮宇(かねこしずお)は戦後、極貧の現実から抜け出すため、日本人の名前を名乗り、優秀な成績で中学を卒業した。しかし「お前は朝鮮人だ」という理由一つで、すべての就職の門を閉ざされた。日本人にもなれず、韓国語も話せず家にも社会にも居場所のない八方塞がりの中で首を吊って自殺を測ったが失敗。その後、その朝鮮人李珍宇は殺人を犯し、極悪非道な殺人鬼として逮捕され、1962年11月絞首刑に処せられた。
 在日朝鮮人の問題を内に抱える朴壽南(パクスナン)さんにとって、朝鮮人李珍宇こと金子鎮宇(かねこしずお)は在日2世として自分の問題であり、自分の弟の問題であった。朴壽南(パクスナン)さんは、その後李珍宇が処刑されるまで往復書簡を交わしてきた。そして、減刑を訴えるため、その一部を「獄窓に祖国の瞳を見つめて」という題で婦人公論(1962年10月)に公表した。
 
 小松川事件についての著書の中で、次のトピックも書かれていた。
小松川事件の殺人犯人が朝鮮人だったことが報道され、在日同胞にとって大きな衝撃であった。読売新聞社に、1人の朝鮮人が手紙を送った。そこには次のように書かれていた。「殺人犯人が朝鮮人だったことは、朝鮮人の1人として、ご両親と日本人の皆様に心からお詫びしたい。このようなことが、二度と起こらないよう、在留同胞に呼びかけます」として、当時としては、大金の1万円がご仏前にと同封されていた。
 読売新聞社が、太田芳江さんのご両親に渡したが、太田さんは「私は犯行自体は憎むが、朝鮮人の方々には何ら悪感情を持っていない。犯人の両親、兄弟はもちろんのことで、肩身の狭い思いをされるのは大変お気の毒なことだと思っています」と答えた。

 さらに、朴壽南(パクスナン)さんは事件から2年後、殺人犯李珍宇の死刑判決の減刑運動を始めるために、そのお許しを請うために太田芳江さんの遺族を訪ねた。被害者遺族に許しを請う心の重い訪問であった。
 その時ご両親は次のように話された「関東大震災の時、この江戸川、荒川あたりも朝鮮の方々の死骸でいっぱいでした。私たちは、罪もないお国の人たちをひどい仕打ちで死なせてしまったのです。でも、そのことについて、私たちは償いどころか、お詫びせずにうち過ごしてきました。私の一人娘が、お国の人の手にかかったことについては、見ず知らずの朝鮮人の方々から、たくさんの謝罪やお香典をいただきました。日本が朝鮮の方々にしてきた罪を思うと、李君を恨む事はできないのですよ。死刑で李君を殺しても娘が生き返るわけではありません。18歳だった李君が罪を悔いて立派に成人してくれることが娘の供養にもなるのです。李君に私たちの気持ちを伝えてください」

「よみがえる声」を見て、多くの日本人に見てもらいたいと思った。過去の歴史に目をつぶる者は、何度も同じ過ちをするということを私たちは学んできた。おぞましい過去であっても目を逸らさず、直視していきたい。それしか正しい道を歩むことはできないのだから。