ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

「紛争地の看護師」を読む

f:id:battenjiiji:20210915001845j:plain

著者の白川優子さんが活動の舞台としている「国境なき医師団(MSF)」は、独立・中立・公平な立場で世界各国の医療・人道支援活動を行う民間・非営利の国際組織である。1971年にフランスで設立され、日本事務局は1992年に発足した。現在は世界各地に計38の事務局を擁し、活動地はアフリカ、アジア、中東、中南米など地球規模に広がっている。主な活動は、様々な理由から基礎的な保健医療サービスさえ受けられない人々への医療的支援であり、その原因は武力紛争や貧困、自然災害など多岐にわたる。日本事務局によれば、2019年には72の国と地域でスタッフが活動し、日本からも100人のスタッフが34の国と地域に派遣された。その献身的な活動が評価され1999年にはノーベル平和賞も受賞している。「国境なき医師団」は医師はもちろん白川さんのような看護師も多数派遣され、世界各地の現場で救命に尽力している。

白川さんは2010年、「国境なき医師団(MSF)」に参加して2017年7月までにイエメン、シリア、パレスチナイラク南スーダン、などの紛争地に派遣され、派遣歴は通算14回に及んでいる。
MSFに参加して3年ほど経った頃、白川さんは紛争地で、手足がちぎれたり、体が吹き飛んだりした人たちや命を失くす人たちを多く見てきた。毎日毎日患者を受け入れながら、繰り返されるこの惨状をなんとしても止めないと意味がないと考えるようになった。自分は看護師という職業を通して命を救う手助けしているが、医療では戦争を止められない。看護師の仕事ではなく戦争そのものをなくすことに力を注がないと犠牲者は増えるばかりだと考え、看護師を捨てジャーナリストになろう。ジャーナリストになってこの戦争の惨状を世界の人々にもっと知ってもらい平和を取り戻そうと思ったそうだ。友人のジャーナリストに相談したら必ず賛成してくれると思っていたのに、誰も賛成はしてくれなかった。結局ジャーナリストへの道しるべを見つけられず落ち込んでいたとき、空爆で両足を失くした17歳の女子高校生が病院に担ぎ込まれた。彼女はふさぎ込み、話しかけても、手を握っても反応はなかった。傷の痛みも酷いし、なによりも心の傷、恐怖、将来への不安、悲しみや怒り、憎しみいろんな感情を抱えていただろうと思う。私はそれでも話しかけ、手を握り続けた。1か月が過ぎた頃、写真を一緒に撮ろうよと彼女に言った。明日は別の勤務地に移動するためにここを去らねばならない。明日から話しかけることも、手を握ることもできないということをきちんと彼女に伝えた。このときはまだ無表情な彼女だった。写真を撮る人が良い写真を撮るためにスマイル、スマイルと促した。そして、ついに彼女は笑った。しかも満面の笑みであった。白川さんは、ジャーナリストになっていたら彼女の笑顔に出会えなかった。看護師だからこそ彼女の素敵な笑顔を見ることができたと書いている。

白川さんは、一時期ジャーナリストになりたいと迷っていたが、この一件から、看護師として、辛い気持ちを抱えている患者の支えになることで負の感情を軽減させ憎しみの連鎖への歯止めをかけるのも可能かもしれないと考えるようになった。現場に入り、患者の手を握り続けようと思ったと書いている。

 

日本では、昨今ボランティアなどを目的に紛争地や被災地を目指す若者たちに「自己責任論」などという愚劣な罵声を浴びせられる風潮が強いが、白川さんはそんな声をほとんど気にもせず軽やかに、しかし、しっかりとした信念を持って世界各地を飛び回っている。

最近「自己責任論」という言葉が日本で飛び交っていますが、この発言についてどう思いますかと聞かれて、白川は「もちろん、良い感じは持っていません。このことを受けて、私も遺書を書いておこうと思いました。その遺書は両親に対してではなく、日本政府やメディアの人たちに対してです。内容は、あまり騒がないでほしいっということです。私は純粋に人道支援のために行動しています。それをわかってもらえるように遺書を書こうと思いました。そのことで、死んだとしても、かわいそうでもなんでもない。これはあくまでも自分の意思なんです。それに私は、別に日本人として現地に行ってるわけではなくて、血の通った人間として行ってるつもりなんです。私と同じように血の通った人間が、たまたまそこに住んでいたというだけで虐げられ、恐怖にさらされ、助けを求めている。医療へのアクセスが断たれてしまっている。私は同じ人間として、それを放っておけないから助けに行ってるだけなんです。つまり私は日本人の白川優子が、イエメンの人とかシリアの人を助けに行くんじゃなくて、あくまでも人間同士として考えているんです。もっと基本的なところで、国とか国家とかを超えたいんです。だから日本政府がどう言われても関係ありません。どのように思われても助けを必要にしている人のもとへ行きます。でも、何でもかんでも自己責任とか、人質になったらどうするんだとか、税金を使って迷惑をかけるなとか、そういう風潮が広がると、私の後に続きたいと思ってる看護師さんやお医者さんの壁になってしまうかもしれない。それは本当に残念なことだと思います。」と述べている。

 

紛争地に行って活躍する若い人を心から応援したい。日本人として誇りに思う。そのような人たちに対して自己責任論を振りかざして糾弾するなどもってのほかと言わざるを得ない。