ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

「石炭火力発電休廃止」の発表

 

 

7月3日、梶山弘志経済産業相が「非効率な石炭火力発電についてはフェードアウトしていく」と発言した。

メディアには、「2030年までに非効率な石炭火力発電所の9割が休廃止」「140基のうち100基を廃止」と言った報道が溢れた。ある環境保護団体からは「待ち望んできた大転換」という歓迎のコメントも出されたようだ。

 

しかし、7月9日の長崎新聞に、「石炭火力発電休廃止、推進政策は変わらない」というタイトルの評論が掲載された。書き手は自然エネルギー財団常務理事の大野輝之氏である。

 

大野氏の評論を読むと、「100基の休廃止といっても、その多くは小規模の火力発電所で、一方「高効率」という理由で利用を続ける石炭火力発電の多くは大規模のものが多い。これに加えて現在建設中の火力発電所もあるので石炭火力発電の供給量は変わらない。

 

また、日本政府が「高効率」と称する最新の火力発電所のCO2排出量は非効率なものと比べて数%しか減らない。石炭火力は高効率の設備であっても、LNG火力と比べて2倍程度のCO2を排出することが世界的に問題視されている。

 

パリ協定の実現のため、多くの先進諸国は30年までに石炭火力発電の全廃を目標にしている。英国では8年前には電力の39%を石炭火力発電で供給していたが、昨年は2%まで激減させた。代わりに増えたのは洋上風力発電である。今回の日本の方針は、こうした世界の取り組みと全く異なる。

 

日本政府は30年度に電力の26%を石炭火力で供給するという目標も変えていない。そのために新しい石炭火力発電の新設も行なっていることからすると、今回の経産省の方針は「大転換」どころか「石炭火力発電の継続」を宣言したものといえる」

 

さらに、原発再稼働が進まない日本で、石炭火力発電をやめたらどうやって電気を供給するのだ、という疑問にも大野氏は答えている。

福島原発事故を見て、22年までに脱原発を決めたドイツは、38年までに石炭火力発電も全廃することを決めている。脱原発と脱石炭を目指せるのは、自然エネルギー拡大に成功しているからである。自然エネルギーの供給量は10年前は日本と同じ17%であったが、今年前半の速報値では50%を超えた。

 

梶山経産相は会見で、日本は島国。エネルギー資源も少ない。と石炭火力発電を全廃できない理由を説明した。しかし、同じ島国の英国も脱原発のドイツも自然エネルギー脱原発をすすめている。日本にそれができないはずはない、不足しているのは政治の決断ではないか」と大野氏は結んでいた。

 

 

現在、豪雨による大規模災害のニュースが毎日報道されている。日本だけでなく、世界中で自然災害が増加している。地球温暖化による気候変動が大規模災害を起こしているという指摘がある。全世界が地球温暖化の原因になるCO2の排出量の削減に真剣に取り組み温暖化防止を図らなければならない時期に来ている。そういう中、日本の取り組みは後ろ向きの政策だと批判を浴びているのに何一つ変わらない。すでに解答はできているのにやろうとしない。

 

なぜだろうか?現在、日本の企業で太陽光発電風力発電の世界企業のトップテンに入っている会社はいない。昔は、日本の企業が太陽光発電の世界トップテンに3〜4社が入っていたことがあったが、日本はその後、本格的に太陽光発電に向わなかったため、衰退してしまったようだ。(なぜトップを走っていたのに日本企業は有望分野から撤退したのか、日本の未来のために誰か検証して欲しい)                                                                                                   自然エネルギーにおいて、現在飛躍的に伸びている風力発電もしかりである。風力発電では日本の企業は全滅と言われている。

 

反面、日本の企業が持っている のは原発や石炭火力発電の技術である。しかし、原発はもちろん石炭火力発電も環境問題がありビジネスとしてはなかなか苦心しているようだ。売れない技術は日本で使うしか使い道がない。だから、日本は自然エネルギーに転換できないのではと想像してしまう。

 

自国の産業を保護するのも一つの政策なのはわかるが、このまま後ろ向きの保護政策ではますます技術三流国に陥るのではと心配になる。地球温暖化対策に消極的な自己中の国と後ろ指をさされるのもつらい。国家百年の計で決断する政治家の出現を期待したい

 

 

「あのころはフリードリヒがいた」を読む

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作者 ハンス・ペーター・リヒター(1961年出版)日本語版1993年


悲しい本である。読み終えて怒りとため息と、そして深い悲しみがこみ上げてくる。

この本は岩波世界児童文学集に入っている。

この本は、ある大学の推薦図書として上げられていた。大学生としてはこれくらいは教養として読んでおくようにという推薦図書である。大学生に対して児童文学を推薦するのはどうなんだろうと思いながらも、教養不足の私は読んだことがないので読むことにした。

 

この本の作者ハンス・ペーター・リヒターは1925年生まれのドイツ人社会学者である。

この本は1925年から1942年までの18年間の同い歳のユダヤ人であるフリードリヒとの記憶を記したものである。ハンスとフリードリヒは生まれた時から同じアパートに住んでいて、ハンスが生まれて1週間後にフリードリヒが生まれている。そういう関係で小さい時から兄弟みたいにいつも一緒に仲良く遊びながら育った。

 

フリードリヒが生まれた時、フリードリヒのお父さんは公務員でフリードリヒ家は何一つ不自由のない生活を送っていた。しかし、1933年ヒットラードイツ帝国首相になる頃からユダヤ人への迫害が始まった。

 

1933年、ハンスとフリードリヒは8歳で当時の少年達の憧れの的であるドイツ少年団へ参加した。二人して初めて少年団に参加した時、会の終わりに「ユダヤ人は、我々の災いのもとだ!」「ユダヤ人は、我々の災いのもとだ」と何回も何回も大きな声でみんなで唱和させられた。そのとき、フリードリヒは団から立ち去り、そしてハンスは何もできずだまって見送った。

 

それ以来、フリードリヒの周りには様々な迫害が起こった。父親がユダヤ人を理由に職場を解雇された。アパートの家主がユダヤ人を理由にフリードリヒ家に立ち退きを要求した。1934年、フリードリヒはユダヤ人を理由に小学校を転校させられた。1935年、これまでフリードリヒ家に来ていた家政婦さんが、ユダヤ人はドイツ人を家事労働者として使用してはならないという新しい法律のため辞めていった。

1936年、ハンスのお父さんがお互い信頼し合っているフリードリヒのお父さんに告げた。「あなたの宗教上の仲間はもう大勢ドイツを去った。これからもっともっと迫害が圧迫がひどくなる。家族のことを考えて早くドイツを出て行った方がいい。」フリードリヒのお父さんは言った「私も家内も息子もドイツの国籍を持つ正式なドイツ人です。中世ではなく今は20世紀です。自由が制限されたり、不当な扱いを受けることは少しはあるかもしれない。しかし、私達家族が荒れ狂った民衆に情け容赦なく殺されるということはないでしょう。辛抱強く我慢して頑張り通したらこの不安定な運命にも終止符を打つことができると思います。あなたが率直に言ってくれたことと親身に心配してくれたことに心からお礼を言います」

1938年ユダヤ人商店への襲撃やユダヤ人大虐殺が起こった。フリードリヒのお母さんは迫害の厳しさの中、持病が悪化して亡くなった。

1940年、フリードリヒはドイツ人女性と親しくなった。彼女はフリードリヒがユダヤ人であることを知っていた。次の日曜日にデートを約束したが、フリードリヒは行かなかった。ユダヤ人はドイツ人の血統を持つ国民と結婚してはならないという新しい法律ができていた。ユダヤ人といっしょにいるのが見つかると女性も収容所行きになるのが常であった。

1941年、フリードリヒのお父さんが逮捕され収容所へ送られた。

1942年、大空襲の後、破壊されたアパートの一角にフリードリヒの死体があった。彼は防空壕に避難しようとしたが、ユダヤ人という理由でそこを追い出され、命をなくした。

 

1945年5月8日、ドイツ帝国が崩壊した。この日までユダヤ人迫害は続いた。アウシュビッツ収容所では300万人のユダヤ人が命を絶たれたと言われている。

 

これは、幼い時からの仲の良い友達一家が、迫害のためお母さんもお父さんもそして友達のフリードリヒもみんないなくなった記録である。

 

大学の教授がこの本を教養として推薦図書にした意味がよくわかった。私もこれから社会を担っていく若い人には是非この本を読んでもらいたいと思う。

 

ドイツ国民が犯した過ちは、ドイツにしか起こらないということではない。どこの国においても起こり得ることである。ドイツ国民が犯した過ちは、昔のことで現代では起こりえないことではなく、これからも起こり得ることである。

 

 

あの当時のドイツ国民は個人主義を知らなかったのではない。民主主義を知らなかったのでもない。世界大不況の余波で国民が厳しい窮乏生活に追われている中、いつのまにか全体主義国家になり、いつのまにか権威主義国家になり、気付いたときは大多数の一般国民が、全体主義国家の強力な推進者になっていた。気づいた時は反対の声を上げることさえできない状況になっていた。

 

麻生副総理はかつて憲法改正論議に関連してナチスの手口に学べと発言をした。政治家は国民 のリーダでもある。リーダーである政治家が何を考え、国民をどこに連れて行こうとしているのか厳しく見ていくことは有権者の義務と思う。

私たちは「あのころはフリードリヒがいた」を決して忘れないようにしなければならない

「植物のかしこい生き方」を読む

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甲南大学教授である田中修さんが書かれた「植物のかしこい生き方」を読んだ。

私たちの周りには多くの植物があって私達の生活を潤してくれている。そのような身近にある周りの植物が生きるためにどのような工夫をしてきたのかを分かり易く解説してくれている本である。私たちの周りにあるたくさんの植物はsmap が「世界に一つだけの花」で歌っているように、みんな違っている。違っているからおもしろい。普段、近くで見ている草花がどのような生き方してきたのかを知って感心したり驚いたりの連続であった。知ることは楽しい。

 

植物は生き残るために主に三つの生存競争という奪い合いをしているということであった。

一つ目は土地の奪い合いである。植物が成長するためには根を張りめぐらせ、水や養分を吸収するための土地を確保する必要がある。そのため、まず土地を奪い合うことになる。

 

二つ目は、太陽の光の奪い合いである。植物は太陽の光を利用して、光合成という反応を起こし葉っぱでデンプンを作る。デンプンは植物にとって生存のためのエネルギーの源になる物質である。この反応を行うためには葉っぱに光が当たらなければならない。多くの植物が隣り合って葉っぱを茂らせると、光を奪い合う競争がうまれる。

 

三つ目はハチやチョウチョなどの虫の奪い合いである。多くの植物は、次の世代を生きる子孫であるタネを作るためにハチやチョウチョなどの虫に花粉を運んでもらわなければならない。多くの植物たちが一斉に花を咲かせると、ハチやチョウチョを花に誘い込む競争が激しくなる。

 

植物たちはこうした競争を避けるために春に発芽したり秋に発芽したりするなどのスタートの時期を変えて対応したりする。しかし、それだけで、競争が回避できるほど自然はやさしくない。同じ時期に発芽して同じように成長し、同じ時期に花を咲かせる植物はまだまだたくさんある。だから、植物は生き残るためにさらなる知恵をめぐらせ工夫を凝らさねばならなかった。ということで、話がスタートした。

 

朝顔の話があった。

植物はハチやチョウチョを誘って花粉を運んでもらわなければ生き残れない。そこで、多くの花は、美しい色で装い、いい香りを放ち、美味しい蜜を準備して懸命に誘い込む努力をする。多くの花がいっせいに咲けば、この競争はとてつもなく激しいものになる。そこで植物は他の種類の植物と開花する時期をずらすという知恵を絞る。季節によって変えたり、また同じ春に咲く植物でも同じ地域で少しづつ開花の時期がずれるようにした。さらに、植物は種類ごとに「月日」だけでなく、開花する「時刻」もずらすという知恵を思いついた。言わば、三密を避けて時差出勤するみたいなものである。アサガオは朝早く、ツキミソウは夕方、ゲッカビジンは夜というように開花する時刻をずらしてハチやチョウチョなどの虫の誘い込み競争を少しでも和らげてより確実に生存競争の生き残る道を選んだらしい。諦めない結果でアサガオができたようだ。

 

 

マリーーゴールド

マリーゴールドは、花を美しくきれいな色で装う。これは自分を美しく装うことで花粉を運んでくれるハチやチョウチョを誘惑するための作戦である。マリーゴールドの花の装いに使われる物質はカロテノイドという色素である。このカロテノイドという色素で美しく装うのは虫を誘惑するためだけではないらしい。もう一つの大切な理由は紫外線対策である。

紫外線は身体に当たると、活性酸素という物質を発生させる。この活性酸素は老化を早め、植物だけでなく人間にとっても多くの病気の原因となる極めて有毒な物質である。

 

花の中で植物の子孫であるタネが作られる。そのタネを紫外線から守らなければならない。それは紫外線から生み出される有害な活性酸素を花の中から除去しなければならない。そこで、植物たちは、活性酸素を除去する働きをする抗酸化物質というものを植物の中に作る。植物たちがつくる代表的な抗酸化物質がカロテノイドある。

 

つまり、マリーゴールドはカロテノイドという色素で花びらを美しくきれいに装い、虫たちを誘惑すると同時に、花の中で生まれる子供を紫外線から守っているというわけである。

強い太陽の光が当たる花ほど、花の色が濃く色あざやかである。それは環境に恵まれた結果でなく、逆境が厳しければ厳しいほど、逆境に打ち勝つ結果として花がますます美しく魅力的になるということである。学びたい姿勢である。

 

 

ヒイラギ

ヒイラギは漢字で書く場合「柊」という文字が使われることも多い。この植物は、晩秋から冬にかけて花を咲かせることからこの字が当てられているようだ。ヒイラギの学名は「オスマントウス  ヘテロフィルス」」というらしい。「ヘテロフィルス」は「異なった形の葉がある」という意味で、その名のとおりヒイラギは、老いると葉っぱの形が変わるようだ。

 

ヒイラギは樹齢が進むと、生まれてくる葉っぱのトゲの数が減り、縁が丸みを帯びてくるようだ。この現象からヒイラギは私たち人間の人生に例えられることがある。

私たちは「若いときには、言葉や感情にトゲや角が多くあるが、年齢を重ねるとトゲや角が取れて人間が丸くなる」と言われる。そのような生き方を「ヒイラギ人生」と呼ぶこともある。

 

ただし、ヒイラギは年齢を重ねて性質が丸くなりトゲや角がとれるだけではない。ヒイラギの葉っぱが丸みを帯びるのは「虫に食べられるなら、自分が食べられることで、若い葉っぱが食べられるのを防ぐため」で、種を繋ぐ役目を果たしている。死ぬまで若い人の役に立つように生きる。できるものなら、私も本当の「ヒイラギ人生」を歩みたいと思う。

メダカの孵化に感動!

 

 

「メダカに学ぶ生物学」という本を読んで、メダカに興味を持った。子供たちが家を出てからは、もう何年も生き物を飼うことはしなくなった。でも今回、生き物に対する好奇心からメダカを飼いたいなあと思った。昔、子供が金魚を飼っていた時の水槽を出してきて点検すると問題なく使えるようである。そこで6月18日、趣味としてメダカを飼っている友達の家に行って10匹のメダカを貰ってきた。

 

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もらってきたメダカは楊貴妃4匹、シロメダカ6匹の合計10匹である。それと同時に水槽の掃除当番として小さなエビを4匹もらった。楊貴妃というメダカは改良を重ねて、朱赤の体色になったメダカの品種で観賞用メダカのブームを引き起こしたメダカである。赤い体色から楊貴妃という女性的な名前がつけられているが雌とはかぎらない。

また、エビはヤマトヌマエビという川エビである。この川エビはメダカと相性が良く共存するそうだ。川エビを混泳させるメリットは川エビが水槽に発生する苔の掃除とメダカのエサの食べ残しの処理をするそうだ。

 

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10匹のメダカをもらったが、最初は雌雄の区別がよくわからなかった。ヒレの形で雌雄を判別するという説明を受けていたが、微妙な違いがわからないまま放っていた。そのような中、1匹のメダカがお腹のところに卵をひとかたまりにして付着しているのを見つけた。卵をお腹につけているメダカは間違いなく雌であると確信した。

「メダカに学ぶ生物学」を読むと産み出されたメダカの卵は、受精してしばらくの間は、お腹に付着しているらしい。

 

 

 

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卵をお腹につけたまま泳いでいるメダカを毎朝見ていたら、この卵は毎朝、産卵していることに気づいた。前日に産卵した卵はしばらくはお腹につけたまましているが、時を見て、水草にこすりつけて放置するようだ。。水草などにこすりつけられた卵は、そこで発生が進むらしい。

 

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水草にこすりつけられた卵を観察していると、1週間くらいすると白い卵の中に黒い点が見えてきた。この二つの黒い点はメダカの目ではないだろうか?水草にこすりつけられた卵は水に揺られながら卵の中で細胞分裂しながらメダカの器官を一つづつ確実に作っているのだろう。孵化まで無事に発生が進むことを祈るばかりである。

 

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卵の中に二つの黒い点が見えて4〜5日経った。毎日この黒い点のある卵の様子を見るのを楽しみにしてきた。ところが、今朝は黒い点のある卵が見えない。どこを探しても見えない。なくなっている。あの卵は食べられてしまったのだろうか?いや、大きなメダカが食べるというので、メダカがいない容器に移したのだから食べられるはずがない。では、どうして卵はないのだろうと目を凝らして水槽をみていくと、小さな小さなメダカが泳いでいる。体長2〜3mmの小さなメダカさんが元気そうに泳いでいる。無事孵化完了。泳ぎも上手い。

 

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別の水草を除くと卵が4個見つかった。黒い点がはっきりしている。孵化も近い。新しく水槽を準備しなければと思う。

メタボ対策と運動

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7月3日ウオーキング 歩行距離4.67km、天気曇り、温度23度、湿度84%


今週からメタボ対策として早朝ウオーキングに取り組んでいる。火曜日は朝から雨が降っていたためできなかったが、天気さえ良ければ毎朝行うようにしている。今週のウオーキングの消費カロリーは以下の通りである。

 

6月29日(月) 歩行距離4.49km、上昇高度107m、消費カロリー306kcal

7月  1日(水) 歩行距離5.37km、上昇高度118m、消費カロリー317kcal

7月  2日(木) 歩行距離5.40km、上昇高度114m、消費カロリー326kcal

7月  3日(金) 歩行距離4.67km、上昇高度118m、消費カロリー295kcal

ウオーキングのコースはだいたい同じコースである。毎回300kcal以上を目標に行うが、7月3日は雨が降ってきそうなので途中からショットカットして戻ったので295kcalになってしまった。

 

中間地点である総合公園の芝生広場ではラジオ体操第一、第二を行う。ウオーキングだけでなくこのラジオ体操が気持ちが良い。歳をとると身体も頭も硬くなるようだ。ラジオ体操をしっかり行って、思いっきり体を伸ばしたり曲げたりしながら身体を柔らかくしていく。身体が柔らかくなると頭も柔らかくなればいいのにと思いながら取り組む。

 

ウオーキング中はめったに人と会わないのでマスクは着用しない。今まで、ウオーキング中は音楽を聞きながら行っていたが、私は今、英語と中国語を勉強中なので、今日からウオーキング中は語学の勉強をすることにした。今日は英語の勉強に取り組んだ。

語学をマスターするには読む力、書く力、聞く力、話す力など様々な面から学ぶ必要がある。聞く力、話す力の練習はウオーキングしながらでもできるのが嬉しい。幸い、私のウオーキングコースはウオーキング中にめったに人に会わないし、周りに人家のない海岸部分と山間地のコースだから、大きな声を出しながら歩いても危ない人と思われるようなことはない。人が来た時だけ声をひそめればいい。今日は英会話のスキットトレーニングを聴きながら、それをシャドーイングしながらウオーキングを行った。

1時間の効果はあったように思う。やった後は理解できたつもりになるが明日になれば半分以上覚えていないのだろう。半分以上忘れているのは当たり前。忘れているときはやり直しの繰り返しである。しっかり身につくまで何度も繰り返す。進歩は遅いが諦めず取り組もうと思う。

 

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7月3日測定結果

ウオーキングから帰宅後、計測する。

本日の計測結果は体重78.4kg、体脂肪率26.1%、腹囲100cmであった。先週の計測では体重80.5kg、体脂肪率26.9%、腹囲100cmと比べるとこの1週間で体重は➖2.1kg、体脂肪率➖0.8%、腹囲変化なしという成果であった。

食事での減量と運動による成果が1部出ているようだが、しかし、1番のポイントである腹囲は変わっていない。体重が減ればと腹囲も減ると聞いていたが、どうもそうではないらしい。体重を減量しても、腹囲が減るのではなく手足の筋肉が細るだけで腹囲はそのままのようだ。腹囲を減らすためには腹筋を鍛えるなど腹囲に集中した運動をすることが必要らしい。

 

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そこで、待望の腹筋ローラーを購入した

早速説明書を読みトライした。腹筋を6分割するには1回のトレーニングでは引き伸ばし10回を3セットすると書かれていたが、30回はとてもできない。最初は5回しかできなかった。腹筋を6分割する目的はないが、6分割だったらいいなとも思う。少しづつ頑張りたい。

メタボ再燃


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体重計に乗ってみたら80.5kgが表示された。びっくりして腹囲を測ると腹囲はなんと100cmになっている。ショック!(連れ合いに話をしたら、驚くほどのことでもない。それくらいはあるだろうと昔から思っていたと言われた)

 

65歳の時の健康診断でメタボと指摘されて食事制限と運動に取り組んだ。半年ほど経って計測したら、適正体重まであと一歩の軽度のメタボというところまで改善した。今の食生活と運動を意識して今後も取り組んでくださいとアドバイスを受けて私のメタボ問題は収束していた。

 

あれから5年、それ以来体重も腹囲もそんなに変化はないと思っていたが、先日、知り合いからお腹周りが大きくなったねと言われたので気になっていた。やはり、気づかないうちにメタボが再燃していたのだ。

 

このまま風船みたいに膨れていくとどうしようもない醜い姿になると考えたら、何とかしなければと思う。そこで減量に取り組むことにした。

 

私の現在の体型は身長172cm、体重80kg、腹囲100cmである。適正体重は65kg、適正腹囲は85cmである。適正体重にするためには体重15kg、適正腹囲にするためには腹囲15cmを減らすことが必要である。ちなみに現在のBMI判定は27で肥満(1度)である。体重計で体脂肪率を測ると26.9%であった。標準は20%未満であるから、紛れもなく立派な肥満である。

 

体重と腹囲をの二つを同時に減らしていくためにどうすべきかと悩んでいたら、この二つはほぼ同じものだから悩む必要はないと友達から言われ、腹囲15cmの減量を基準に考えることにした。

 

腹囲を1cm減らすには約7000kcalを消費する必要があるらしい。私は15cm減らしたいので消費すべき総エネルギーは105000kcalである。それを15ヶ月かけて目標達成目指すことにしたので1日あたり減らすエネルギー量は233kcalになる。

この一日に減らすエネルギー量233kcalを運動と食事で減らしていくことにする。減量を成功するためには食事で減らすエネルギー量を多めにするのが成功のコツらしい。ちなみに、私の現在の体型と年齢から推定した基礎代謝は1528kcalである

 

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今朝は早朝ウオーキングを行った。赤ピンからスタートして反時計回りで赤ピンに戻

るコースで歩行距離は4.49km、上昇総高度は107mであった。そしてアクティブカロリーは306kcalであった。基礎代謝とアクティブカロリーを合計すると1834kcalになる。

朝の散歩の後朝食を取る。今朝の朝食のカロリー計算をしたら以下の通りであった

レーズンバターロールパン4個 588kcal

ロースハム2枚                             22kcal

ウインナー2個                           130kcal

たまご1個                                     80kcal

りんごジュース                            80kcal

ジャム                                          30kcal

合計                                            930kcal

今日の朝食で930kcalを摂取している。それを差し引くと残りは904kcalである。これから

減量カロリーの233kcalを引くと残りは671kcalしか残らない。昼食と夕食があるのにこれでは減量できない。昼食を軽めにするにしてもカロリー超過するのは目に見えている。もう一度夕方に運動をしなければと思う。

 

先日、芦田愛菜ちゃんがテレビに出ていた。愛菜ちゃんは高校生になったらしい。誕生日のお祝いに腹筋を鍛える腹筋ローラーをいただいたので腹筋を六つに割るトレーニングをして女子力アップをはかりたいという話をしていた。

 

芦田愛菜ちゃんに負けないように腹囲15cm減少頑張りたい。

まずは6ヶ月後の年末は、腹囲94cm、体重74kg達成目指して頑張ろう。

 

 

 

 

 

「ドイツの森番たち」を読む

 

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著者:広瀬 隆

ドイツは1992年に脱原発向かうことを決めた。この本の作家の広瀬隆さんは1993年にドイツを訪問し、なぜドイツは脱原発に舵を切ったのかその理由を知るためにドイツを取材した。そこでは原発に反対する人も、原子力産業人も快く取材に応じてくれた。それをまとめて「ドイツの森番たち」というタイトルで上梓した。前から読みたいと思っていて読んでなかった本である。今回、図書館で見つけたので、遅くなったが読むことにした。

 

ドイツが脱原発に舵を切った理由はその危険性と費用である。

ドイツが原発の問題を検討した時、まず一番先に考えたことは、原子炉から出る高レベル廃棄物の最終処分についてであった。当時(おそらく今も?)ドイツをはじめ、世界のいかなる国も、高レベル廃棄物の最終処分について解決策を持っていないという事実から出発した。

 

そして、原発政策を考える時に、原発先進国のアメリカの政策に二つの学ぶべき重要な原則があったと当時の担当者が語っていた。

第一は、すべての原子力プラントに課せられている保険制度である。この保険コストが高いため、アメリカでは原発が高くつき、経済的な理由から、もはや電力会社は新規の原発を建設しなくなった。

 

第2は、いわゆる最小コスト計画と言われるものである。これは、新しく発電所を建設しようとする時、今までの発電所よりエネルギー発生コストが安くなければ建設許可がおりないという制度である。

 

この二つのの政策を軸に見直しが始まり脱原発が決定したということであった。この「保険」と「最小コスト計画」は原発をなくしていく最良の制度である。原子力がどれほど経済的にマイナスかを知れば誰でもわかる結論です。と担当者は語っていた。

 

高レベル廃棄物に含まれるプラトニウムの寿命はその半減期が2万4千年である。かなり安全なレベルに近い状態になるまでには、数十万年の歳月がかかる。2千年ではない。

 

その高レベル廃棄物の最終処分について、当時は地下深く穴を掘って岩盤層に埋めるという案が検討されていた。高レベル廃棄物を入れておく金属の容器の表面は60年後も油が煮え立たせるほどの170度の高温で、120年後も150度である。そのような状態で保管する。

ー地底に埋めた金属容器は、1世紀経っても水を瞬時に蒸発させるほど高温で、そこには、この世で最も毒性の高い半永久的寿命を持つ放射性廃棄物が入っている。しかも頑丈な金属容器といってもいつか腐食し、周りには豊富な地下水がある。1993年最終処分場は検討段階であったが、そのようなパンフレットを元に議論が進められている状況であった。

 

この本を読んでドイツ人と日本人の国民性の違いを感じた。オープンに議論する。日本では原発の負の面はすべて覆い隠されて原発が推進されてきたように思う。取材者が反原発に立つということがわかれば、日本の原発推進者はこんなにオープンに話をしないのではないかと思った。1993年のドイツの実態を描いた作品であるが、それから約30年後の2022年にはドイツでは全原発が停止することになっているようだ。ドイツは2050年に太陽光などの再生可能エネルギーの発電比率を80%にする目標で取り組んでいる。2015年には31.6%で(日本は12.6%)、2019年は化石燃料の40%を上回る46%になった。着実に環境先進国の道を歩んでいるようだ。ぜひ日本も参考にしてもらいたいと思う。