ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

「黒い海」を読んだ

 この本のタイトル「黒い海」の横には「船は突然、深海に消えた」というキャッチーコピーが書かれている。このタイトルとキャッチーコピーに興味を引かれてこの本を読んでみたいと思った。船の遭難事故を扱っているようだが「黒い海」とは何だろう「船は突然、深海に消えた」というのは普通の遭難事故ではないような疑問を感じた。読んでいくと確かに普通の事故ではないと思った。取材の中で周りから、もうすでに過去の過ぎ去ったこととインタビューを拒否されても、疑問が残ることについてあらゆる方面から迫り、真実を追求する真摯な姿やその粘りが伝わる内容であった。
 その遭難事故は以下の通りである。2008年6月23日、午後1時30分頃、千葉県犬吠埼灯台の東約350km沖合の太平洋上で、巻き網漁船第58寿和丸(福島県いわき市底引網漁協所属、135トン 、乗組員20人)が転覆沈没した。この事故によって乗組員3名は救助されたが、4人の死亡が確認され、13人が行方不明になった。同船はカツオ・マグロの巻き網船団で網を引き上げる本船で、98年10月進水の長さ38.05m、幅8.1m、深さ 3.35m、640馬力の鉄船である。同船は6月3日、宮城県気仙沼漁港にカツオなど50トンを水揚げし、4日午後8時に同県塩釜港を出港して各地で操業しながら、当日は犬吠埼沖合で停泊し操業準備中であった。

4名が死亡して、13人が行方不明になる海難事故である。行方不明者13名の捜索は大規模な捜索活動が行われたが、船とともに深海に沈んでしまったと考えられ、行方不明者の発見には至らなかった。事故の原因究明は助かった乗組員からの聞き取り調査も行われて事故発生から3年後に発表された。

その日の天候は小雨、視界5.5m、風は南風10〜11m、波は3mであった。当日は操業するに差し障りのない天候であったが、休養のため停泊中で、午後も昼寝をしたり、テレビを見たり思い思いの休息を取るつもりであった。
 助かった乗組員3名の共通している証言は3っつある。一つは船室で休息していたら、右舷前方から「ドスン」という衝撃を感じ、船体が右に傾いた。そのうち復元するだろうと思っていたが、7〜8秒後復元を待たずに「ドスッ、バキッ」という2度目の強い衝撃があった。これまで一度も耳にしたことのない異様な音だった。船体の右傾斜が増して、「これはやばい、沈む」と瞬時に直感した。(右舷前方で2度衝撃があった)
 共通の証言の二つ目は下の船室から甲板まで上がると船は右舷側に傾いているが甲板上に海水は入っていなかった。甲板に出ると、いつもはもっと下にある海面が異常に高い位置にある。海水が今にも船体のヘリをを超えて流入しそうだった。(甲板上に海水は入っていなかった。波は高くなかった)
 共通の証言3つ目は船が一気に転覆して海に投げ出されて油の浮く海の中を漂い、たまたま近くにあった救命ボートに泳ぎつき助かった。転覆した船の周りに様々なものが浮き沈みしている中で人影を見つけ引っ張り上げて3人が助かった。引っ張り上げたが助からなかった者もいた。引っ張り上げる時お互い油まみれになっている手が滑って上手く握れなくて難渋した。周りの海は油で黒くなり、助かった者も、亡くなった者も身体も顔もみんな真っ黒であった。(船の燃料である重油が大量に漏れた)

通常、事故調査結果は1年後をめどに発表されるが、第58寿和丸事故は3年後に発表された。事故原因は、波による転覆事故と結論づけられた。しかし、生存者の証言は波は高くなかったと証言している。甲板も洗わないような波で135トンの船が転覆することなど考えにくいが様々な波の複合作用によって転覆したと結論づけられた。生存者は黒い油の海に投げ出されていたことから、船の前方にある燃料タンクが破損したことによる油漏れがあったことが推測できるが、報告書ではそもそも大量の油漏れは起きていないと結論づけていた。

 著者は、第58寿和丸の転覆事故について事故調査を担当した当時の担当者に疑問点を質問するべく取材の申し込みをしたが、担当者は守秘義務を盾に取材に答えなかった。また、裁判所を通じてこの事案についての関係書類の開示を求めたが、その多くは黒塗りで提出され実質何も開示されなかった。民間漁船の転覆事故についてなぜここまで秘密にしなければならないのか全くわからないと語っている。

 海難事故に詳しい有識者または軍事関係者によると、潜水艦との衝突事故は世界的には珍しくはないという話であった。また潜水艦との事故では2度接触するというパターンも多いということであった。第58寿和丸が2回衝撃をうけたこと、船底の燃料タンクが破損したことなどは生物との接触では考えにくい。潜水艦との接触の可能性はないとは言えないという意見もあった。

 著者は、真実を明らかにしたいという一念で、困難な取材に取り組んできたが、全ては解明できなかった。しかし、その努力は高く評価したいと思った。真実に迫る取材は、一つの謎解きであり、絡んだ糸を解く地道な作業であり、粘りの戦いであった。全て解明できなかったが、この本は著者の諦めない情熱が生んだ会心の一作になった。これからもこの姿勢でいいノンフィクションを描いてもらいたいと思った。