ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

「ハマのドン」を読む

 この本は映画「ハマのドン」の監督である松原文枝さんが書いた、横浜カジノ阻止をめぐる闘いの記録である。カバーの裏には次のように書かれていた。
「政権中枢が押し進める横浜市へのカジノ誘致に対し、これを阻止すべく人生最後の闘いに打って出た 91歳 “ハマのドン”こと藤木幸男。そこには横浜のみならず全国の港湾を束ねる者として、「博打は許さない」という信念があった。カジノの是非について住民投票を求める市民の署名は20万筆近に上ったものの、市議会では否決された。決戦の舞台は2021年夏、横浜市長選 となった。菅首相をはじめ政権総がかりでくる中、藤木と市民との共闘のゆくえはーーー。国内外で高い評価を得たドキュメンタリー制作の舞台裏を明かす」とあった。
 読んでいて興奮した。権力を相手に闘うということがどんなに大変なことであるかということが随所に現れていた。カジノ阻止の闘いは横浜市民のみなさんの総力の結集があってできたものであるが、同時にその中核にあった藤木さんの覚悟があってはじめて成し遂げられたものである。藤木さんのような方がいることは横浜にとってはもちろん、日本にとって救いだと思った。以下、要約を記す

 人口370万人の大都市横浜市は多くのカジノ業社が狙っていた場所である。そして横浜はカジノ推進をしてきた菅総理のお膝元でもある。そういう中で、保守の有力者で「ハマのドン」こと藤木幸夫さんは菅総理の有力な後援者であったが、真っ向から反旗を翻した。忖度が蔓延するなかで、普通ではあり得ないことが起きた。

 2012年、安倍政権になってカジノが成長戦略として位置付けられた時に、横浜経済界でカジノ導入に向けた動きが始まった。藤木さんのところにも、さまざまな協力依頼が来た。5億円を提供するからカジノ誘致に協力して欲しいという提案もあった。「カジノはもうかる。シンガポールマカオも盛んで、これで横浜市の財政がうんと豊かになる。林市長も、中学校の給食や無料バス、健康診断などできないことが全部できると言っていた。じゃ、やらなきゃしょうがないだろう」ということで最初は藤木さんも賛成派だった

 しかし、カジノについて勉強会をしていくと明るい話だけではなく、カジノ立地地域はカジノ依存症による家庭崩壊が多く発生していることを知った。さらに、カジノ型統合リゾート施設は収益は全て海外企業が回収して、地元への利益還元が見込めないことが判明したことでカジノ受け入れ反対を表明した。藤木さんが応援する林横浜市長はカジノ問題は白紙として、態度を留保していた。

 藤木さんは港湾業界250社のカジノ受入反対の意見をまとめ横浜市に提出したが、横浜市からは何の回答もなかった。逆に再開発に伴う事務所移転調査などと称して、横浜市は港湾業界の分断工作を始めた。

 2019年8月22日、横浜市の林市長は、それまで「カジノは白紙」と言っていたのに、突然白紙を撤回し、カジノ誘致を正式に発表した。藤木さんは保守陣営の有力者として林市長をこれまで応援してきた。カジノについても意見交換をしてきた。林市長の白紙発言にも理解を示し、住民投票を実施するよう進言していた。翌日8月23日、藤木さんは間髪を入れず記者会見を行ない「私は昨日林市長に大きく顔に泥を塗られた。泥を塗ったのは林だけど、塗らせた人がいるのもわかっている。私は、そのハードパワーと闘う。命を張っても反対する」と語った。

 2020年12月、市民が横浜市にカジノに関する住民投票条例を請求。法定数の3倍を超える署名19万3193筆を提出。2021年1月、横浜市議会で、自民、無所属の会、公明が反対して住民投票条例を否決した。

 住民投票条例が否決されたことにより、カジノ反対派にとって、推進派の市長を倒してカジノ反対派の市長を誕生させることしか道はないという状況となった。
市長選は2021年8月に行われる。カジノ反対派は市長候補者の人選をすすめたが、カジノ推進は時の政権である菅総理の直接案件である。それに反対することは、相当の覚悟を要することから知名度のある候補者の辞退が続き人選は難航した。

 そういう中、6月25日、自民党神奈川県連会長で国家公安委員長小此木八郎衆議院議員が市長選出馬を表明した。それもカジノ反対を掲げての表明である。カジノ推進の菅政権の現役閣僚が閣僚を辞任して、しかもカジノ反対を表明して市長選に立候補するという。この小此木氏は藤木さんが後援会会長を務める地元の最有力政治家である。小此木氏が市長選に立候補したのを受けて、藤木さんは小此木氏を応援するのではないかという憶測が一挙に広がった。
 しかし、6月29日藤木さんとカジノ反対市民の会は山中竹春教授の出馬表明を行った。藤木さんは小此木氏のカジノ反対を信用していなかった。「あれは政治家で、ああいう泥沼に足を突っ込んでいるからね。自分の意見というものなんてないでしょう。誰かに言わされているんですよ」
 7月8日、元長野県知事田中康夫氏が出馬表明。7月15日、林文子市長が4選出馬表明。7月20日、元神奈川県知事の松沢成文氏が出馬表明。5名の候補者が名乗りを挙げて横浜市長選の闘いの火蓋が切られた。カジノ賛成は林現市長だけであった。

直近の世論調査ではカジノ反対が6割を超えていた。地合いは反対派に有利であるが、カジノ反対派の山中氏陣営にとって、小此木氏という強力なライバル候補の出現だけでなく、カジノ反対派が割れたのも不利な構図であった。しかも他の候補者は知名度の高い有名人ばかりである。山中氏の強みは政治の臭いがないこと。カジノ反対を訴えても、後に政治的にひっくり返すという懸念を抱かせないそれが唯一の強みである。しかし、知名度のないことは最大の弱点であった。選挙の常識からいって勝つ材料がなかった。しかし、選挙戦に入ると多くの市民が自主的に選挙運動に関わり、それらの動きが徐々に広がりを見せ始め、手応えを感じるようになってきた。不在者投票出口調査では、告示日前までは、圧倒的に小此木氏が有利であったが、日を追うごとに小此木氏が劣勢となり山中氏が伸びて、その差が広がっていった。投票日二日前の調査では山中氏40、小此木氏21、林氏12であった。
 2021年8月22日、20時ちょうど、「横浜市長選、山中竹春氏当確」と速報スーパーがでた。山中竹春氏50万6392票、小此木八郎氏32万5947票、林文子氏19万6926票で、山中氏の圧倒的勝利であった。選挙結果について、藤木さんは「主権在民というけど、本当に在民で良かった。主権官邸じゃなかった。主権官邸になるところを、それを市民が止めて主権在民を表したのがこの選挙だ。良かったと思います」
9月10日、山中竹春新横浜市長は、横浜市議会においてIR誘致(カジノ)の撤回を表明した。

この本を読み終えて、よくやったと思った。主権在民をよく勝ち取ったと思った。この選挙から10日余りして、菅総理は退任した。しかし、第二、第三の菅は必ずやってくる、権力は必ず腐るということを前提に権力の監視を続けなければと思う。