ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

「コレクティブ 国家の嘘」を見た

 この映画はルーマニアドキュメンタリー映画である。2019年、パンデミック前のヴェネチア映画祭でお披露目され、2020年秋にアメリカ公開された。

 この映画のきっかけは、2015年10月30日にルーマニアの首都ブカレストにあるライブハウス<コレクティブ>で起きた火災であった。ロックバンドが歌を終えた直後、花火が舞台両袖で火花をあげた。その煙が治まるかと思ったところでボーカルが「何か燃えてる」と言う声が聞こえ、それからわずか10秒ほどで炎が上がり、40秒で電気が消え、さらに炎が広がり、あとは怒号と悲鳴とパニックに陥った観客の声に包まれた。この火災で27人が死亡し、180人が負傷する大惨事となった。火傷を負った負傷者たちは病院に運ばれた。
この火災事故の被害が大きくなった理由は、コレクティブに非常口がなかったことにある。非常口のない建物にライブハウスの営業許可を出していたことに対して批判が集まり、市民デモが広がり、当時の政権が退陣することになる。しかし、コレクティブの火災の影響はこれで終わりではなかった。
 病院に収容された人で重症者は近隣の外国の病院に送られた。国内の病院で治療を受けていた比較的軽症と思われていた患者が4ヶ月間に病院で37名が死亡し、この火災の死亡者は全部で64人になった。火傷で運び込まれた病院で、助かる可能性もあった37名がなぜ死ななくてはならなかったのか。彼らの死因は火傷ではなく、院内感染による感染症によるものであり、助かった人よりも火傷の程度が軽い人も亡くなっていた。なぜ院内感染が起こったのか? それには信じられない原因があった。

 この映画はドキュメントである。政府はルーマニアの医療レベルは先進国と同等と言っている。外国に搬送したのは収容人員の枠を超えていたために依頼したと政府は言っている。しかし、外国の病院に収容されている重症者は助かって、国内の軽症の患者が死亡するのは何かおかしいとスポーツ紙の編集長(カタリン・トロンタン)が疑問に思って調査を始めた。そして、同じように疑問を感じていた映画監督(アレクサンダー・ナナウ)が同行取材をお願いしたのがこの映画の発端である。ルーマニアにも、報道に携わる多くの人がいるし、多くの報道機関がある。しかし、彼ら以外に誰もアクションを起こすことはなかった。調査を進めていくと、内部告発者から情報の提供があった。それは、以前から異常に高価な消毒液を規定より10倍も薄めて使用していることが院内感染の発生の原因という告発であった。

 調査をしていくと、ある製薬会社が消毒液を生産して、全国の病院に大量に納品している。その製品を、どこの病院でも10倍に不正に薄めて使用しているがそれに異を唱える人はいなかった。その製薬会社は官僚、政治家、病院理事会、医師会団体など関係する人々の80%に賄賂を贈りその消毒液の流通から莫大な利益を得ていることを突き止めた。それを記事として発表して国民は初めて、政権と製薬会社が結託して、医療を金儲けのために使っていることを知った。そして医療を国民の手に取り戻そうという運動が起こった。
 デモに参加する国民は大きな声を上げた。「真実を追い続けるジャーナリストを尊敬する。隠蔽された事実を暴いたジャーナリストに拍手を送ろう。スポーツ紙〇〇は我々のメディアだ。無関心は人を殺す。腐敗は許さない。現政権は辞任しろ」

 この一大スキャンダルで現政権である社会民主党内閣は辞職に追い込まれた。そして、無党派層から選任された新保険大臣(ヴラド・ヴォイクレスク)が就任した。新保険大臣は国民に全てを公開するとして密着取材を了解し、新大臣の同行取材が続けられた。新しく保健大臣は着任の挨拶で「まず約束するのは“嘘”をやめることです」と言った。「ルーマニアの医療はEUレベルの基準を満たし、ドイツレベルの技術を持っているという嘘。病院は適正に運営され、消毒も適正に行われているという嘘。不正を隠そうと隠蔽と改竄を重ね、嘘を嘘で塗り固めていく人々の嘘……。このような嘘を止めることを約束します」
新保険大臣は、ルーマニアの医療改革に取り組んだ。しかし、旧政権にベッタリとつながったメディアからさまざまな攻撃を受け、政策遂行の妨害を受けた。スポーツ紙の編集長(カタリン・トロンタン)は言う。「ジャーナリズムが見張っていないと、腐った国家は国民を虐げる」と。しかし、そのジャーナリズムですらこの有様だ。ジャーナリズムも腐敗していると語った。

 半年後総選挙が行われた。その総選挙で収賄で辞任に追い込まれていた社会民主党が第一党に復権した。投票率は15%であった。

政権を巻き込んだ巨大医療汚職事件の原因には国家がつき続けてきた嘘があった。その嘘をつく国家を支持し続けてきた国民の責任、嘘をつく国家と知りながら無関心でいた国民の責任、つまりあなたにも責任があるのではないか? と映画監督(アレクサンダー・ナナウ)はこの一本のドキュメンタリーを見る者に問いを突きつけている。ウクライナの事件であるが、民主主義政治の中で生きる日本人の私も他人事ではない。さらに、投票率の低さは悪魔のような結果を招くということは、日本にとってまさに怖い見本だと思った。このまま、政治を諦めたら、ルーマニアの現実が日本の現実になると思った。政治を取り戻さなければならないと強く思った。