ばってん爺じのブログ

年を重ねても、尚好奇心旺盛な長崎の爺じの雑感日記。長崎の話題を始め、見た事、感じた事、感動した事などを発信。ばってん爺じのばってんはバツイチではなく長崎の方言

おくんちが来た

長崎の10月7日、8日、9日は長崎くんちが行われる。長崎くんちは長崎の氏神様である諏訪神社の秋の例大祭である。長崎くんちでは、氏子が1年のご加護に感謝し、また新たなご加護を祈願し、踊町が演し物を奉納する。踊町とは、諏訪神社に演し物を奉納する当番町のことで、輪番制で7年に一度回って来るように区分されている。今年の踊町は今籠町、油屋町、元船町、上町、鍛冶屋町、筑後町の六カ町である。

 

7日早朝、諏訪の杜で令和8年長崎くんち奉納踊りが行われた。先陣を切るのは今籠町で、町の印である傘鉾を先頭に入場する。今籠町の傘鉾は怒涛砕けて白玉飛散する巌上に翼を休める荒鷲である。そして演し物は本踊りで、美しく華やかな踊りを奉納し、見事くんちの幕を開けた。

 

二番手は油屋町の川船である。傘鉾の飾りは畳の上に三方が置かれ、中には熨斗と宝玉が置かれている。演し物は町の近くに川があることから川船である。長崎刺繍の豪華な衣装を纏った3歳児の飾り船頭は見事に役目を果たし、小学4年生が演じる網打船頭の網打漁は大漁であった。その後の川船の豪華な船回しに万雷の拍手が湧き起こる。

 

三番手は元船町の唐船祭である。元船町の傘鉾飾りは昔から町内にある大きな鉄砲玉と二羽の鶴と老松樹である。そして、町に唐人船が接岸していたことから唐船祭が演し物である。まず明清楽のしらべにのって胡の女性があでやかな舞を披露する。その後、踊り場狭しと唐船が曳き回される。元船町の唐船祭では常に太鼓、銅羅、鐘が響き渡り唐風の音曲が流れ続ける。長崎くんちは和風だけでないエキゾチックな雰囲気が楽しい。

 

四番手は上町の太鼓山(コッコデショ)である。上町の傘鉾飾りは白木の八足の上に烏帽子、鈴、諏訪社由緒、榊、御弊が置かれている。太鼓山(コッコデショ)は、昔長崎に滞在していた堺の商人から伝えられ、長崎で発展し独特の演し物となった。太鼓山は急流を越えて神様へ貢物を届ける川渡しを表している。太鼓山をコッコデショの掛け声で天高く放り上げた後、片手で受け止めるところは圧巻である。迫力ある演技は観衆の心を打つ。因みに、コッコデショの由来は「ここでしょう」という意味からといわれている。

 

五番手は鍛冶屋町の宝船・七福神である。鍛冶屋町の傘鉾の飾りは、からくりの三条小鍛冶で童児の面と狐の面がからくりで変わる。大きな「寳」の文字を掲げた帆をあげ、金銀珊瑚、綾錦を積んだ船に七福神が乗って登場すると踊場に大歓声が上がる。

 

そして、諏訪神社奉納の取りを務めるのは筑後町の龍踊である。筑後町の傘鉾の飾りは岩の上に金銀藍白の玉を置き、八足の上に鹿の角と草薙の剣を飾っている。筑後町の龍踊の特徴は、龍が3体出ることである。3体の龍が入れ替わり立ち代わり、次々に出て来て、踊り場で荒れ狂う。龍踊は元々、雨乞いの踊りともいわれ、龍衆の黒い衣装は雲を表し、黄色の帯は稲妻を表している。さらに龍は雨や雷の音を表現する龍囃子の中で乱舞する。

 

今年も長崎くんちがやって来た。同時に長崎の町中にしゃぎりの音が聞こえる。「しゃぎり」とはもともと歌舞伎のお囃子のことで幕間に鳴らされる音曲のことである。長崎のしゃぎりは各踊町に付属する囃子方が担う。一ケ町につき笛5人、締太鼓2人の7人で編成され、踊町に同行して町中をしゃぎりの音で包む。長崎人はしゃぎりの音を聞くと気持ちが浮き立つ。

長崎の祭囃子は純和風ばかりではない。日本舞踊の本踊りではもちろん和風の音曲が聞こえるが、唐人船や龍踊では唐時代を醸し出す明清楽の唐風の音曲が聞こえてくる。しゃぎりの音をはじめ、長崎くんちの音が大好きである。いろんな文化を受け入れて来たこの町の音が大好きであるである。長崎くんちは長崎の多様性を思い出させてくれる。