
昔、友達と映画の話をしていて「『七人の侍』を見た?」と聞かれ「見ていない」と答えると、「見た方が良い」と勧められたことがあった。私は「あまり時代劇は好きではない」と答えて今まで見てこなかった。しかし、先日、映画の話題になったときに、この作品は今から70年以上前の1954年に公開され、1954年の第15回ヴェネツィア国際映画祭では銀獅子賞を受賞し,そればかりか、2018年度のBBCが発表した「史上最高の外国語映画ベスト100」では1位に選ばれるという世界に認められた優れものという話を聞いてぜひ見たくなった。
「七人の侍」は、1954年に公開された日本の時代劇映画である。監督は黒澤明、主演は三船敏郎と志村喬。モノクロ、スタンダードサイズ、207分の長編である。
あらすじは、日本の戦国時代の天正年間(1586年)を舞台とし、戦国時代の貧しい農村を舞台に、野盗と化した野武士に立ち向かうべく農民に雇われた侍たちの闘いを描いた作品である。麦の刈入れが終わる頃、とある農村では野武士たちの襲来を前に恐怖におののいていた。百姓だけで闘っても勝ち目はないが、麦を盗られれば飢え死にしてしまう。百姓たちは野盗から村を守るため侍を雇うことを決断する。やがて、百姓たちは食べるのもままならない浪人たち7人を見つけ出し、彼らとともに野武士に対抗すべく立ち上がる……。つまり、野武士の略奪に悩む百姓に雇われた7人の侍が、身分差による軋轢を乗り越えながら協力して野武士の襲撃から村を守るという物語である。
当時の通常作品の7倍に匹敵する製作費を投じ、1年近い撮影期間をかけて作られ、興行的にも大きな成功を収め東宝復活の起爆剤になったという作品である。この映画では先進的な映画技法が取り入れられ、複数カメラや望遠レンズの効果的使用、緻密な編集技法などを駆使して、クライマックスの豪雨の決戦シーンなどのダイナミックなアクションシーンを生み出した。また、アメリカの西部劇の手法を取り入れ、綿密な脚本と時代考証により、旧来のアクション映画と時代劇にはないリアリズムを確立し、本作は世界で最も有名な日本映画のひとつに数えられ、国内外の多くの映画監督や作品に大きな影響を与え、1960年にアメリカで西部劇『荒野の七人』としてリメイクされている作品である。
207分(3時間27分)を一挙に見た感想は、時代劇がこんなに面白いとは思わなかったという感想が一番である。純粋に楽しめる映画であり、長いがドラマが次から次に展開し、決して飽きさせない作りになっていた。さらに、野武士という悪人と良民である農民との闘いという勧善懲悪の物語だけに終わらない複雑さが作品の質を高めていた。
映画の時代背景を踏まえても、考えさせられることの多い映画であった。野武士は戦に負けた武士の成れの果てであり、農民に雇われる浪人中の侍も戦に負けた武士の成れの果てである。戦に敗れた侍は全て落ち武者として農民に追われた苦い経験を持っている。義によって農民に加担しようとする浪人中の侍が、良民であるこの村の農民がかつて、落人になった武士を襲い殺して武器を奪っていた事実を知る。農民に加担しようとする侍がこの事実を知り、自分の体験を振り返り、加担を思いとどまる場面がある。そのとき、三船敏郎扮する菊千代という侍が、他の侍たちに向かって声を張り上げる。
「やい おめえたち!いったい、百姓を何だと思ってたんだ?仏様とでも思ってたか?笑わしちゃいけねえや?百姓ぐらい悪ずれした生き物はねえんだぜ!米出せって言や、ねえ。麦出せって言や、ねえ。何もかもねえって言うんだ。ふん、ところがあるんだ。何だってあるんだ。床板引っぺがして掘ってみな。そこになかったら納屋の隅だ。出てくる出てくる。甕に入った米、塩、豆、酒。山と山の間へ行ってみろ、そこには隠し田だ。正直面して、ペコペコ頭下げて、うそをつく、何でもごまかす、どっかに戦でもありゃ、すぐ竹槍作って落ち武者狩りだい!よく聞きな!百姓ってのはなあ、けちんぼで、ずるくて、泣き虫で、意地悪で、間抜けで、人殺しだ!ちくしょう、おかしくって涙がでらあ!
だがな、こんなケダモノ作りやがったのは、一体誰だ?おまえたちだよ!侍だってんだよ!戦のためには、村焼く、田畑踏んつぶす!食い物は取り上げる、人夫にはこき使う!女あさる!手向かえば殺す!一体百姓はどうすりゃいいんだ!百姓はどうすりゃいいんだよ!ちくしょう!ちくしょう!」
菊千代演じる三船敏郎の迫力ある演技がすごい。百姓の苦しさ悲しさをを痛いほど知っている菊千代の言葉は観るものを圧倒する。これを聞いて、目に涙を湛えるリーダーの勘兵衛が一言、「貴様、百姓の生まれだな!」こうして菊千代の存在によって危うく壊れかけた侍と百姓の関係は保たれ一層強固なものとなっていった。
友達は「七人の侍」を今まで5回くらいは見ていると言っていた。確かにこの作品は何回見ても新しい発見があるのだろう。私の残された時間では何回も見れないかもしれないが、機会があればまた見たい。