
前書きに次のように書かれていた。
世界は今、どこへ向かうか明確でない。漂流している。
世界の動きを統制する国もなく(少し前は、米国がその役割を担っていた)、理念もない。第ニ次大戦直後は違った。二度と第二次大戦の惨事を繰り返さないため、方向性を真に模索した。自由・民主主義国家群と社会主義国家群の対立こそあれ、「戦争は繰り返さない、人々の暮らしを豊かにする」という目標は存在した。
その代表に国連憲章がある。1945年6月署名された国連憲章は「我らの一生のうちに二度まで言語に絶する悲哀を人類に与えた戦争の惨害から将来の世代を救い、基本的人権と人間の尊厳及び価値と男女及び大小各国の同権とに関する信念を改めて確認し」と書き始めている。人々は空空々しい枕詞とは捉えていなかった。真に目指すべき目標として捉えた。
日本国憲法も「再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し」、「人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し」とある。「この国の憲法を守っていこう。憲法を変える必要は無い」は1950年に約70%であった。
しかし、冷戦が終結し、米国一極支配の体制になると世界は変化した。
「条件を受け入れ、システムに適合し、控えめでも保証された分け前を受け取り、満足せよ。他人があなたのために考え、決定します」米国一極支配とは米国に異を唱えないことである。
「米国の意向を尊重する」「控えめでも保証された分け前を受け取り、満足せよ」は日本で特に顕著となった。日本の知的層、国家の運営に関与する層でこの傾向が特に顕著である。
だが、世界的に見ると、システムが崩壊した。中国は政策を強いられない国力を獲得した。ロシアも指示に屈服しない姿勢を見せている。
さらに、驚くのは米国国内である。2015年11月4日実施されたニューヨーク市長選挙で、民主党候補のマムダニ氏が勝利した。マムダニ氏は34歳、ウガンダ生まれ、インド系イスラム教徒、民主社会主義者である。マムダニ氏は、イスラム教徒であることや民主社会主義者であることを隠さない。堂々と主張する。マムダニ氏のニューヨーク市長当選は、旧体制への挑戦である。既得権益者への挑戦である。それがニューヨークという資本主義の総本山で起こった。マムダニ氏は当選演説で次のように述べた。「私たちは1人で投票したが、共に希望を選んだ。専制政治よりも希望。大金やささやかなアイディアよりも希望。私たちが勝利したのは、ニューヨーカーが不可能を可能にするという希望を自らに与えたから。私たちが勝利したのは、もはや政治は私たちに押し付けられるものではなく、私たちが行うものなのだと訴えたから」と述べた。
2000年頃から、世界に対する米国一極支配が確立していくにつれ、日本では対米隷属が進行した。「米国に追随すれば繁栄する。安全だ」という事実と異なる見解が日本を覆った。事実と異なる見解は、言論の抑圧とともに進んでいる。高市首相が就任し、トランプ大統領との個人的関係の緊密さををアピールした。結果、高市首相の支持率が急騰し、内閣支持率は82%に上った。しかし米国一極支配は既に終焉し、世界は新たな動きを始めている
「米国に追随すれば、日本は繁栄し、安全だ」という見解に、執拗にさらされてきた日本国民に、客観的事実を受け入れる余地があるのか。この本を読み、世界の現実を知ろうとする層がどれだけ日本に残っているか。「この本を読み、世界の変化を考えよう」呼びかける知識人はいるか。多分いないだろう。少なくともその声は多くの国民には届かないだろう。
だが、いつの日には気づく。その日が、日本が凋落しきって手の打ちようがない時なのか、或いはまだ余力のある時なのか、「早く気づいて欲しい」と念願しつつ、この本を書く」とあった。
冷戦終了時の米国一極支配体制はすでに終焉しているばかりでなく、トランプ大統領のイラン攻撃によって、米国は国際秩序の「守護者」から、無責任な「破壊者」に変貌し、独善的超大国は国際的信頼を失い続けている。それでも、日米同盟頼みの日本国民は多い。この本はアメリカに敵対すべきとは書かれていない。しかし、今までの対米隷属ではいけない多くの理由が書かれている。その人たちにはぜひこの本を読んで日本が進むべき道を冷静に考えてほしいと思う。